「つまり、」
オクタムがゆっくりと口を開いた。
「どゆこと?」
それにミツルは呆れきって溜め息を吐き、リュカは苦笑い、シンばかりが愉快そうに笑った。
「あのなあ…、お前には言っただろう。俺は旅人じゃないって。」
「聞いたけどさ。」
ミツルのどんな呆れきった蔑むような眼差しにも、オクタムはけろっとしている。
「聞いたってわかんなかったよ。あんたにだってわからないのにあたしにわかるもんか。」
それは確かに、そうかもしれない。
「確かにあんたの財布ん中に女神の印はあった!じゃああんたの真実の鏡は?旅人の証の銀のプレートは?」
彼女が足首に巻かれた、ジャラジャラとついた鈴や金属片のアンクレットを指差す。その中に一枚、確かにそれ
は旅人の証であるタグだ。ミツルの時は首にかけるネックレスの形をしていたが、人によるらしい。
こちらに再び訪れた時点で、それらのアイテムは確認済だ。まさかあの人から預かった財布に、女神の文様があったことは予想外のことで気がつかなかったが、その他の装身具にプレートも鏡も見当たらない。鏡は自然と旅人と引き合い、出会うものだというが、まだその出会いは彼になかった。
「たしかにその杖とかはさ、ただの杖じゃない。ぜったいそれ、宝玉だし。でも旅人じゃないんだろ?」
「…たぶん。」
「ほら!あんたがそんな調子じゃこっちがなにかわかるもんか。」
シンが不思議そうに二人を眺めながら、やがて少しわらって口を開いた。
やれやれ私に話してもらっていないことがたくさんあったんですねぇ。
のほほんとした嫌味に聞こえない言い方だったことも手伝って、悪かったな、と悪びれもせずに目だけでミツルはシンを見ることができた。なにせ先ほど彼がシンに行った説明は、省いて略してまとめてぼかしてと編集山盛りだったものだから仕方がない。素直に面倒くさかったのだ。
「ええと、つまり…現界から幻界に来ただけでは旅人とは言えない、ということですね?」
それにオクタムとミツルがこくりと頷く。
「正式に旅人として認められるアイテムが必要ということですよね。銀のプレートに真実の鏡に女神様の紋章に…ほかにはないんですか?」
シンの好奇心が旺盛なのは本当に常のことらしい。
一度考えを整理してみるのもいいだろうと、先ほどは面倒く下がって省いた説明を、ミツルは口に出す。
「まずは幻界に―――現世から見た異なる世界に行き、命をかけても叶えたいと思う願いを持つこと。それによって道が開かれる。それ以外に迷い込む例もごく稀にあるにはあるらしいが…。」
「それが旅人以外の "訪問者" ということですね?」
「たぶん。」
「では他に条件は?」
「門を潜り、おためしの洞窟で試練を受け、旅人と認められること。」
「ミツルくんは?どうだったんです?」
シンの問いかけにミツルは一度考え込んで、それからゆっくり口を開いた。
「…受けたような。」
もう一度俺にチャンスを与えてくれ!
そう叫んだことを嘲笑われ、それでもなお道が開けたことは記憶に新しい。
「じゃあ旅人じゃないかい!」
「……受けなかったような。」
しかし四神と戦うことも、十二神に試されることもなかった。
「どっちだよ!!」
オクタムのつっこみを話し半分で受け流す。おためしの洞窟で、贖罪者だのなんだの、呼ばれたことは黙っていた。
「ミツルは旅人だけど旅人じゃなくて?あーさっぱりわからん。」
わからんわからーん!とリュカとオクタムが文句を言い始めて、それをシンが笑いながら宥めている。
なんとも緊張感のない光景だ。そんな光景に、ミツルはから恐ろしさすら抱いていた。
つい忘れていたが自分は重罪人であるのだ。
山を焼き、町を嵐に襲わせ、帝国へ現界の"兵器"を売り飛ばし、その帝国を破壊し尽くし、あげくの果てに魔界への扉を開いて大厄災を引き起こした。カツラやスキップが孤児院に入った理由は、自らの引き起こした災厄の被害にあったためかもしれない。
ミツルは、自らの望みのために、一度この幻界を滅ぼしかけたことがある。
その罪をここで告白したらどうなるだろうか。
今までなんとも思わなかったことが気にかかった。
それを街中で暴露すれば、その瞬間、その町すべての人間が武器を持ち彼を殺さんとしたとしても、不思議ではないのだ。
そこまで考えて彼ははっと顔を上げた。
―――大厄災。
彼が魔界への扉を開いてしまったことで、、幻界は酷い惨状になった、はずだ。自らの願いのためなら、この世界ひとつ滅んで構わないと思ったから。だから扉を開いた。おぞましい鏡を叩き割って、そして―――。
しかし今まで、旅をしてきたこの世界はどうだ?
かつて旅した時よりも、長閑に、豊かで。幻界は心を映す鏡。それは彼の精神状況が、少しばかりましになったからだろうか?しかしそれでも、大きな傷跡を残した災害の痕跡が、旅人の心ひとつで消えてなかったことになるのだろうか。
「地図、」
いきなり鞄を探って地図を広げ始めたミツルに、なんだなんだとほかの面々は顔を見合わせる。
広げてみると、北に帝国。南に共和連合。間には針の山脈。国や街の配置はミツルの記憶しているのと寸分違いない。
違いないのだ。
「…おかしい。」
ヒヤリとミツルの背中を汗が伝った。
「なにがです?」
青ざめたミツルの横顔は俯いたままのために気づかれず、シンが隣にしゃがみこんできょとりと首を傾げる。
「帝国が存在している…。」
城を形作る結界ごと、破壊したはずだ。王都も、そこに住む住人も―――その王も。還付なきまでに、破壊し尽くした。復興したというのだろうか?しかし、では"あれ"から、一体何年経っている?
ぐるぐると思考し始めたミツルとは裏腹に、何を言ってるんだ?とリュカが不思議そうに笑う。
「…… 帝国は復興したのか?」
「復興?」
シンとリュカがきょとんと顔を見合わせる。
「…ミツルくん。なにか思い違いをしているのかもしれませんが、帝国はその建国時代からずっと健在ですよ?」
今日統一帝国皇帝ガマ・アグリアスX世の御代に至るまで。
「インペルドX世…?」
ここは、いつだ。
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