王の元へ報告へ向かったリュカと一旦分かれて、三人はぶらぶらと町を歩いていた。ミツルはすぐにでも、情報収集に王立図書館へ向かいたがったのだが、それをオクタムとシンが引き留めたのだ。
「離せよ!」
「なぁに言ってんだい。昼メシがまだだろ。あんた育ちざかりなんだから食べなきゃ。」
あったりまえの顔して眉をしかめるオクタムの横で、そうですよ、とシンが眉を下げた笑い方をしている。
「育ちざかりにちゃんと食べないと、僕のようなモヤシになりますよ。」
満面の笑みで、自らの胸を指差す。それを自分で言うのか、とほとほとあきれたミツルの視線に、愉快そうにシンは笑った。
背の高い二人に挟まれるようにしながら、大通りを歩く。何色もの旗が、三角形に棚引いて、明るくにぎやかな煉瓦の街並みだ。すべてのパーツがいちいち色彩から形まで気楽な美しい調和を見せていて、確かに絵葉書なんかでよく見るドイツかイタリアあたりの街並みに似ている。ちょうど昼飯時で、市では活気のある声が飛び交い、おいしそうな匂いが漂ってくる。現界で見たことあるようなものから、幻界でしかお目にかかれないようなものまで、ずらりと通りに並んでいる。一瞬どこかへいなくなったと思ったら、オクタムが小さな地図を手に戻ってきた。
「オクタムさん、なんですか?それ。」
「観光案内書!」
そんなものがあるのかと心持ち目を丸くしたミツルの横で、「さすがは観光都市。」
とシンが感嘆のうなり声を上げた。
「ミツルくんは、なにが食べたいですか?」
急に話を振られて、彼はちょっと口ごもる。もちろんそんな様子は、涼やかな彼の表にはもちろん表れないのだけれど、どうにもこの男には、見抜かれているような気がしてならない。
俺は別になんでもいい、と答えかけたミツルをさえぎってオクタムが歓声を上げる。
「ちょっと!光苔の村にもあったからもしかしたらと思ったんだ!ここにもあるじゃないか!1時間で食べきったら無料!しかも今度はお食事券までついてくる!!」
いける!と声高に拳を上げて叫んだオクタムに、シンはすごいですねえとほのぼの笑い、ミツルはげんなり、顔を歪めた。オクタムの大声に露店の商人たちが、「お!姉ちゃんあれに挑戦するのかい!?」
「無理無理そんなほっそい体で!やめときなよ!」 「今回出れば3年ぶりだなあ…かけるか?」
などと一気に盛り上がり出すから堪らない。
「…これ、俺たちも一緒に行くのか?」
「うまくいけば無料飯ですよ。」
にこにこ、とシンは歓声の中心になっているオクタムを眺めている。その隣でミツルは、無理だったときはどうするんだよ、と呟く。彼女の大食いはよく把握しているが、肉屋のいかにも恰幅のいい、力士かとでも言いたくなるような水人族の男が、「いつも最後の三口が呑み込めねえんだ。」
と悔しげに力説しているのを見る限り、望みは薄そうな、気がする。
「よっしゃあ!おっさんの仇はあたしがとってやるよ!」
そうかっこよく胸を張るオクタムに、また歓声があがる。
今のうちにオクタムさんにかけておきましょうか、とのんびり笑うシンの指差す先では、どうやらオクタムが大食いを完走できるかで賭けが始まっているらしい。
付き合ってられるかとひとことつぶやいて、踵を返そうとしたミツルの足が、不意に止まる。
―――今、なにか。
ざわざわと騒がしい人だかり。昼食時の、にぎやかな市場。すっかり市民に娯楽を提供しているらしい、食堂の無料食いをかけた大食い挑戦に、沸き立つ大通り。楽しそうな声、声、声。笑う顔、大きな声。みんなたのしそうに、賑やかなひとつの塊になっている。
ミツルは目を見開いた。
時が緩慢に、進んでいるようにスロウだ。
あかるい黄色をしたにぎやかな塊と同化せずに、どこか青い緊迫感をまとって、足早に過ぎてゆく個体がひとつある。暗い紺色のマントが、動くのに合わせて揺れる。
男がミツルのすぐ隣をすり抜けて行った。
「…!!」
振り返る。
ほとんど黒に近い、濃紺の髪―――高い背。
彼が知るはずのなかった、しかし、たしかに未来で会った男。なにか慌てたように、急ぎ足で歩いていく。大きな歩幅。まっすぐに前を見たまま、歩いて行ったまなざし。
その顔を知っている。
見たことがある。
「……わたる、」
路地に転がった彼の声は、どうしてこんなに子供だろう。
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