「まったくあのくそガキどこ行っちまったんだい!」
うがあ、と女性にしては逞しい雄叫びが、美しい煉瓦の街にこだまする。まあまあ、とその隣で苦笑しながら、シンは困ったように頬を掻いた。
市場の雑踏の中、ミツルを見失った。
まだ短い付き合いだが、それが珍しいことだとはすぐにわかった。自分たちがミツルからはぐれるということはあっても、ミツルが自分たちからはぐれることはあるまいと、客観的に彼は理解している。
「まだ昼飯食べてないのにさ!」
忌々しげに腹を立てながら、大食いに挑戦することも忘れてミツルを探すオクタムがおかしい。気づかれないように小さく微笑んで、シンはもう一度、ぐるりと周囲を見渡す。あたたかい色の煉瓦が続く、細い坂道。パンケーキの色をした土壁、色とりどりの旗。どこを見回しても、あのゆったりとした白いローブ姿を見つけることはできない。
真冬の朝の霜のように、冷たく凍えて、ギザギザとささくれて、透明な、多角形の子供。どこか儚げで、強かに冷たい。見る角度を変える度、プリズムのように表情を変える、どこかちぐはぐな印象の。
そういう子供を、彼は見たことがある。彼は孤児院で育ったから、"そういう"子供は稀にいた。
彼らも現界に生まれていたら、旅人になったろうか。
「…いませんねぇ。」
思考を打ち切るように言葉を口にすると、苛々とオクタムが頷いた。
「王立図書館に魔導研究所に飯屋!ハイランダーの詰め所にも戻ってない!…ったく!」
心当たりをすべて当たって、しかしミツルは見あたらなかった。
いないことに気づいたのはシンで、すぐさま探し出したのはオクタムだ。
ミツルくんならしっかりしているから大丈夫では?と首を傾げたシンに、オクタムが呆れたと眉をつり上げた。
『しっかりしてたってあいつ、まだたったの12のガキだよ!そんで!大人はこっち!』
あったり前のことだろうとオクタムが鼻から息を吐いた。おや、とシンは思ってそれから一緒に探し始めた。オクタムという人物のキャラクタは、どうして単純で、しかしこうも奥深いのだ。
大の大人が二人が刈りで、大きくもない街をもう何周しただろう。
しかしミツルは見当たらない。
王都とは言え広い街ではない。ミツルが彼らを見失うなんてことはないはずなので、自分からいなくなったか、つれていかれたかだ。前者なら見つかりっこない気がした。そういう子供だと思った。最期の時を看取られることを厭う獣のように、きっと誰にも知られずいなくなれる、そういう類の雰囲気があった。そしてさらに後者なら、もっと確実にやっかいで、心配なことだった。ミツルという少年は、魔法の腕も頭の良さも、警戒心もすべてみなずば抜けて一級だ。そのミツルが黙ってつれていかれたのなら、事態は非常にまずいことになる。
「…リュカさんに知らせた方がいいでしょうか。」
「詰め所に手紙残してきたよ。」
手回しのいいことに、シンがきょとりとすると、「なんだい。」 その表情が不満だったのか、ムスリとオクタムが口を尖らせる。
「いえ。…なんだか慣れておられるようだったので。」
へらりと笑うと、なにに、といやそうに言葉が返る。
「ミツルくんは、前にもいなくなったことがあったのかなぁと。」
足りなかった言葉を補うと、ああとオクタムはひとつ頷く。ずいぶん走り回ったので、額にうっすら汗を掻いている。普段運動しないシンもそれは同じ話で、白衣のままの背中がじっとりとしていた。
「ミツルはいなくなったことなんてないよ。」
あたしは一回とんずらしようとしたけど。なんの悪びれもなくオクタムは笑い、しかし心配そうに眉を潜めた。
「…弟がよく迷子になった。」
ぽつんとひとりごと。
家族の話を聞いたのは初めてだなと思い、しかしシンは黙る。遥か遠い現界に、彼女が残してきた家族。どうしてその瞳は、どこか焦るように切羽詰って見えるのだろう。
「オクタムさん?」
ああもう!と頭をひっかいてそれからバサリとマントを翻す。
「さっさと探すよモヤシ!!」
ムンと口を結んで駈け出したオクタムを、待って下さいようと慌てて追いかける。探すべき少年の影は、煉瓦の街のどこにもない。
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