「…イルミ、」
 星も月もない闇夜だった。その目がびっくりしたように彼を見た。泣きだしそうな、ほんとうに驚いたような顔。そういう“生きている”ような表情は、彼にはとんと縁遠く、どうやって浮かべればいいのかわからない類のものだったから、いつも素直に呆れていた。なんでだってわかりやすくて、呆れてしまって、けれどもそれが好ましかった。女とはよく遊んだ。彼と遊べる、希少で酔狂で、なおかつ頭のおかしい部類の人間だった。ヒソカの紹介と言う時点で、尋常ではない。その癖女は結構“普通”と言われるような観点を保っていて、それがなんとも異常だった。女と遊ぶのは暇潰しになったし、退屈しなかった。これが俗に言う、ともだち、ってやつだと思う。くるくる回る表情は、裏の世界の人間には珍しい。よく笑って、よく怒って、時々泣く。
 そんな顔を持った女のことを見下ろして、彼はちっとも変わらない無表情でいる。瞬きすることがあるのかどうか、賭けの対象にだってなってしまう眼を、開いたままでいる。
「イルミ、」
 呼ぶ声が掠れているのは、なにもあんまり小さな声だからってわけじゃない。そんな声しか発することが、できない状況に女があるから。
「なぁに。」
 普段と変わらず彼は答えた。それにやっぱり、びっくりした顔のまんま、女が口端を持ち上げる。それは笑ったというよりも、やっぱり今起きていることが信じられなくて、とりあえず口の端を上げてみただけの顔に見える。
「殺すの、イルミ。」
 私を。
 それに彼は、なぜそんなわかりきったことを聞かれるのかわからなくてやはり呆れてしまう。ああ最後まで、これは彼を呆れさせてばかりだった。でももうそれも最後。おしまいさ。ああ、おしまいだ。
「うん。」
 こっくり首を前に倒すのと同時に、鋭く凍った針が女の眉間に投じられた。ああ残念だ。ぽろりと女の目から涙が落ちて、それでおしまい。さようなら。あっけないもんだ。取り返しのつかない一石を投じたその後で、大した感慨は彼にはない。ただ少しだけ、そう、ほんの少しだけ。
 残念だなぁ。ああ、本当に残念だ。殺してしまったらもうもうお前と遊べない。それだけだよ。
 なんということはない。たったそれくらいだけのとくべつ。

(20121125)