(ろみじゅり!)

 どんがらがっしゃーん!でこ、ぼこ、ばん。
 騒々しい音がしている。重たいスポーツバッグを肩から下げて、渋沢克朗は少し、立ち止った。いま、なんというか、とても大きな音がした。幼いころから慣れ親しんだ商店街で、彼が生まれる前からおなじみの音である。
 寮生活を送る彼が、帰省するのは盆と正月、それからたまの休みくらいのものだ。せっかく帰ってきたというのに、さっそく不穏な効果音のお出迎え。
 音は確実に、彼の実家のほうから聞こえた。と、いうよりも、この商店街で騒々しい音、と言ったら彼の家とその隣の家からする以外にない。

 家を空けている間も、やはり隣家との諍いは相変わらずのようだ。
 またか、と少し溜息をついた彼の耳に、ふと、小さな笑い声が聞こえた。
 くすくす、とおかしそうな笑い声は、しかし当たりを見回すもその主が見当たらない。
 はてな、と首を傾げた彼に、「おおい、」と小さな声が届いた。上だ。
「今真っ最中だから、ちょっと待ったほうがいいよ。」
 金物屋の二階の窓から、覗いていたのはだった。

 隣家の娘で、克朗とは同い年になる。
 高い所にある顔を見上げながら、きれいになったな、と少し感心する。前に姿を見たのは、正月だろうか。元日くらい喧嘩を止めればいいのに、やっぱりしでかした祖父たちを、引きずって帰った時に会ったのが確か最後だ。

「ああ、」
 返事をしながら、彼はちょっとだけ戸惑った。
 なぜ金物屋の二階なのだろう。

「なになに、克っちゃん?」
「あ、ほんとだー!渋沢くんだ!」
 ひょいと藍の隣から顔を出したのは、これまた同い年の、金物屋の双子である。克朗はサッカー推薦で中学から武蔵森に進んだが、それいがいのこの三人は、保育園から変わらず、地元の公立校に進んでいる。
「あがってけよ、ちょうどいまも来たとこなんだ!」
「最近うちん家、ちゃんの避難小屋だもんねー。」
 その会話で、だいたいの流れが呑み込めた彼は、こっくりとうなずくと、金物屋の戸をくぐった。
 うっすらと暗い店内に、ずらりと鍋ややかんが並んでいる。
「おじゃまします。」
 おや克朗くんかい?大きくなったねぇ。店番のおばあさんに軽く会釈をして、勝手知ったる人の家、なにせ中学に上がるまでは一番の遊び相手だった――そのまま二階へと向かう階段を上る。ここへ来るのもずいぶん久しぶりだ。

「「いらっしゃーい!」」

 登りきるなり、双子のシンクロ攻撃を受けた。部屋の奥ではが、おかしそうに肩をすくめている。
「久しぶりだなー!おまえサッカーしすぎ!っつうか選抜おめでとうすげえ!」
「久しぶりー!えーなに背ぇ伸びたんじゃない!そうそう選抜選ばれたんだよねすごいー!」
「選抜ってやっぱりなんかこうすごいやつらの集まりってかんじ!?でもあれだよなあ俺の克っちゃんがそんな集団に入ってるなんて感慨深いっつうの?感慨もひとしお、っつうの?」
「やーだー俺のとか言わないでよ!でもほんとすごいよねー!やっぱり練習大変なんだろうねー大丈夫!?寮暮らしとかほんと大変そうなんだけど〜!」
 相変わらずこの二人のマシンガントークは、近距離で聞くとかしましい。はまだ笑っていて、克朗は返事をしながら少しそちらを眺める。髪がのびた。やっぱりきれいになったようだ。
 中学に上がるまでは、学校で話をしたり遊んだりはした。けれど中学にあがってからは、彼は寮生活だし、こうやってひとつの空間に落ち着いている、ということはほとんど三年ぶりに近い。

「ひさしぶり。」

 そう言っては立ち上がると、どうどう、と双子の首根っこ掴んで落ち着かせる作業に入った。
「ちょ!ちゃんしまる!しまるから!」
「はい、どうどう。」
さま離して!」
 中身は相変わらずのようである。
 それになんとなくほっとしながらも、窓からの逆行に浮かぶ横顔を見ると、なんとなく、克朗は落ち着かないような気もした。