(ろみじゅり!)

 小雪がちらちらと舞う中、克朗は大きなバッグを肩からかけ、ゆっくりと歩いてきた。東京にめずらしく雪が降って、しかしやはり積もることはない。アスファルトに落ちる前に、消えてしまうような具合である。吐く息ばかりが凍えて寒い。
 はあ、と一度大きく息を口から吐いて、その白さにあらためて目を見張る。

「おおい!克朗!克朗!かっちゃん!」

 デジャブを覚える声がした。
 ぴたりと足を止めて、顔を上げる。案の定金物屋の二階から、双子の兄が身を乗り出してぶんぶんと手を振っていた。
「夏ぶりー!」
 上がってけよと陽気な声。家の方を見、少しならいいだろう。ああ、と笑って返事をすると、勝手知ったる金物屋の入り口を潜る。ストーブの上でやかんがシュンシュンと鳴っていて、おばあさんがうたた寝をしている。
 起こさないようにそうっと階段を登ると、すぐ年来の友人の部屋に着く。
 ドアではなく障子をあけると、「よう。」と窓辺に座ったままの笑顔が迎えた。彼の妹がいない部屋は、不思議とがらんと広く思えた。
 部屋をきょとんと見回した克朗に、友人が苦笑する。

「あいつなら今んとこ。」

 ふいにの名前が出て、なぜかドキリとする。が、もちろん克朗のおもてにその動揺が現れることはなかった。
「いないと静かな感じがするな。」
「いてもうるさいだろ。」
 それに二人で顔を見合わせニヤリと笑う。
 重たい鞄を下ろして、腰を下ろす。分厚い漫画が積み上がっていて、大きなクッションが無造作に置いてある。伸びたままのゲームのケーブル。脱ぎっぱなしの靴下。サッカーボールだけが、きちんと壁に掛けられていて、後輩の部屋に少し似ているなと思う。
「いつまでいられるんだ?」
「すぐ冬季合宿があるからな…。2、3日はいる。」
「すっくな!」
 このサッカー馬鹿!全然怒っていない調子で、笑いながら言われた。それに笑い返しながらふと、座っていたクッションに違和感を感じて、お尻をあげると、教科書が出てきた。
「…勉強してるのか?」
「イヒヒ!それなりに!」
「まったく。」
 とりとめのない話をしているうちに、ガラリと戸のあく音がして、明るい笑い声が聞こえてきた。

「帰ってきた。」

 肩をすくめながら、ちっとも気にしないように彼が笑うので、克朗も同じように返す。階段を上がってくる足音、ふたつ。
「ただーいま!って渋沢くん!」

「え?克朗くん?」

 この部屋のもう一人の主人の背中から、ひょっこりが顔をだす。
 夏より髪が伸びたようだ。外が寒かったためか頬と鼻の先が赤い。白い毛糸のマフラーをぐるぐる巻きにして、コートからはみ出た手先が寒そうだ。
 ほんの少し、克朗の背筋がピンと伸びたのに彼自身含めて誰も気がつかない。
「さむーい!」
「もう!来るのわかってるんだからもうちょっと部屋きれいにしてよ!」
「うるっさいな、今さらだろ!」
「克朗くん久しぶり〜。」
 一気になんとも、賑やかである。
 穏やかに相槌返しながら、それでもやっぱり、もうなにもないのにクッションの裏側が気になるような気が、克朗にはした。