(ろみじゅり!)

 前々から、ひょっとするともしかして、これがそうではないか、と思ってはいた。しかし同時に、そういったことは自分には縁遠いことだろうと、思ってもいたのだ。
 つまりどういうことかというと、対処に困る。

「克朗くん頑張ってー!!」

 応援席から聞こえてくる声に、妙に落ち着かない克朗、17の夏である。
 先ほどからゴールポスト前で姿勢も低く、それこそ鬼神の如く構えてはいるのだが、やはり気にかかる。なにがってその声が。正確にはその声の主が、である。


『そう言えば俺、お前のことちゃんと応援しにいったことねえわ!』
 そう電話してきた幼馴染は、練習試合のスタジアムに、双子の妹とそれからもうひとり、幼馴染の女の子を連れてきた。克朗の生家とは何かと因縁の、おなじみ洋菓子店ラ・クレールのお嬢さん、である。
 今日も今日とて克朗の守護神っぷりは健在であるのだが、本人としては、やはりどこか落ち着かない。グローブをはめた手のひらが、なんとなく汗をかいている。確かに夏の炎天下、暑いさなかのことではあるのだが、しかしこれはそれとは、違う気がする。
 鋭いチームメイトには、「先輩なんか今日緊張してます?」 なんて尋ねられてしまったりして。
 緊張。
 緊張しているのだろうか。
 克朗はふむと首を傾げる。
 練習試合であっても、本番であっても、適度な緊張感は必要だ。しかしこの緊張は、相手に臨む緊張感ではない、ような気がする。緊張しているからと言って試合に集中できていないかと言えば、そんなこともない、ような。しかしいつも以上に、調子はいい。過度の緊張によってアドレナリンでも出ているのだろうか。しかしなぜ?
 そこで克朗の思考は一番最初に戻る。
 前々から、ひょっとするともしかして、これがそうではないか、と思ってはいた。しかし同時に、そういったことは自分には縁遠いことだろうと、思ってもいたのだ。
 つまりどういうことかというと、対処に困る。


「―――と、いうことなんだが。」
 神妙な顔で話し終わった克朗に、幼少期からの幼馴染が、きょとんと眼を丸くする。金物屋の双子の兄の方、明彦は、ひとなつっこそうな顔をして、短い癖毛をあっちこっちに飛び跳ねさせている。高校に入って髪を少し明るくした彼は、ずいぶん垢ぬけて見える。克朗のほうは、垢ぬける以前にもはや落ち着いていて、高校生離れした貫禄があった。
 そんな二人がハンバーガーを挟んで向かい合い、真剣な顔をしているのは、知っている者が見ればちょっとぎょっとするか、思わず物影に隠れて様子を窺ってしまうだろう。
「なるほど話はわかった。つまり、」
 同じく神妙に、明彦も頷く。
 ちょっとした静寂。試合後の片づけやミーティングをすべて終わらせた克朗を待っての、男二人でのお喋りと言う名の会議である。

「それって恋じゃねーの。」

 きりりと眉を寄せて出された結論に、克朗はぴしりと固まる。
 前々からひょっとするともしかして、これがそうではないか、とは思ってはいた。思ってはいたのだ。しかし自分には縁遠いこと、そしてなにより、であることが、克朗が克朗が克朗であることが問題だ。なにせ彼と彼女の家は、三代以上前からの、因縁の一家。現代に蘇ったモンタギューとキュピレットとは渋沢家と家のこと。
「…やはりそうだろうか。」
 最後のあがきと彼が拳を握り、あっさり明彦が 「それしかねえだろ。」 と言ってのける。
「いやあ、まさかそうなるとはなあ!これぞ現代のロミジュリ!」
 まさしく他人事、ヒヒと明彦が笑い、ゴン、と机に頭を沈めて、一方の克朗は唸った。

 狭い商店街の中で、草月庵とラ・クレールの因縁といったら知らぬものはなく、その派手な喧嘩による騒音はいっそ名物と化しているらいで、それでもって回覧板を回すだけでお互い塩をまき合うような、そんな関係。そんな家の、息子と娘。
 祖父の顔が、浮かんでくる。それをかき消して、がんばれ、と一生懸命応援してくれたの顔。
 そうともそれをせかいでいちばんかわいらしいと思っている自分がいる。
 なにがわるい!
 …いえがわるい。

「どうしてなんだ…!」

 ちなみに場所はマクドナルド。喧騒のなかに悩める17歳の呟きはかき消され、幼馴染のシェイクをすする音だけ、大きく響いた。