(ろみじゅり!)

 謀られた。
 そう言わざるを得ないような状況に置かれたにしろ、咄嗟に十代が呟くには、若干古めかしい言葉だが、この場合彼の心境にはぴったりだった。
 心の中で 「謀られた…!」 と小さく絶叫している渋沢克朗、17の冬である。
 彼は今、実家の近所の神社に、時は大晦日、幼馴染からかかってきた電話によって初詣に来ていた。 『おー!かっちゃん久しぶり!正月だし帰って来てるかなと思って電話かけて正解!なあなあ一緒に初詣いこーぜ!初詣!』 その元気いっぱいの様子に思わず笑って了承した彼であったが、しかし待ち合わせた鳥居の下に呼びだしてきた本人はおらず、お団子頭の女の子が、ひとり。白いふわふわのマフラーを首に巻いて、赤いコートがはなやかだ。小さな鞄を両手でぎゅっと握って、少しきょろきょろしている。
 …かわいい。いや、待て、そうではない。
 うっかりきゅんとしそうになった克朗は、ハッと思考を元に戻す。
 なぜがここにいる。ここにいるべき明彦がなぜいない。
 悪い予感しかしない。

「あっ、克朗くん!」

 ふいにが顔をあげると、小さく駆けよってきた。
「…、」
 来てくれてよかったとわらうにまた思わずきゅんとしかける克朗であるが、いかん、そうではない、現状を、現状を把握しなくては勝てる試合も勝てない…待てまず試合ってなんだ。混乱している。
「あのね、晶ちゃんと明彦くんから、克朗くんも誘ったし初詣一緒に行こうって連絡来たんだけど、」
 晶とはもちろん、金物屋の双子の女の方だ。
「…けど?」
「明彦くんが出がけに階段から落っこちて晶ちゃんを下敷きにして?びっくりしたおばあちゃんの入れ歯が飛んで?なんかもーとにかく上へ下への大騒ぎでこれないって。克朗くんとこにも電話したみたいなんだけど、もう家を出たあとみたいで連絡とれないから、現地で伝えといて〜って。」
 謀られた。
 ここで冒頭の、台詞に戻る。
 克朗の知る限り、幾らあの金物屋の階段が古い建築物特有の傾斜のきつい階段であるとはいえ、毎日それを駆けあがったりおりたりしている運動神経のよい育ちざかりの明彦が、今日に限ってうっかり、うっかり、落っこちるだろうか。あまつさえ妹までも下敷きにし、それに驚いた祖母の入れ歯が飛んだとして、なぜ初詣に来ないのだ。
「怪我でもしたのか?」
「そうなんじゃないかなあ?電話の向こうでふたりともぎゃーぎゃー痛い痛い喚いてたし…。」
 嘘っぽい。
 思わず克朗は変な顔になったが、しかしはそれにも気づかず、大丈夫かなあ、と眉を寄せている。その後ろに、克朗はニヤリと親指をおったててわらう双子の幻を見た。片目を瞑るな、気色悪い。幻の明彦に睨みを飛ばしてみたところで甲斐も意味もない。しかしこの状況、確実に双子の企み―――もとい陰謀であることは自明の事実である。そもそものことを明彦に相談した覚えはあるが晶に相談した覚えはない。
 どこからつっこんでいいのか、もはや克彦のキャパシティーを完全に事態はオーバーしている。

「ま、とにかくせっかく集合したんだし、初詣、行かない?」

 首をコテンとかわいらしく傾げてが尋ねた。
 克朗の視界が、幻の双子から現実に帰ってくる。彼女の肩の向こうにいまだなんとなく見えるような気がする幻の二人は、いけ!いっちゃえ!そのための!そのために!いけ!と輝かん笑顔とテンションである。幻なのにすごくリアルなのがいやだ、と一瞬克朗は冷静になり、それからを見下ろして頷いた。
 ここまできたらいたしかたあるまい。新年早々ではあるが、双子の策に乗ってみるのもいいだろう。
「おみくじひこうねー!」
 にこにこと楽しそうにがわらう。ああ、と返事をしながら克朗は少しマフラーに首をうずめ直した。なんとなく、照れくさかったのである。
「克朗くんが守護神になりますよーに!ってお願いしなきゃね。」
「…守護神?」
「ゴールの守護神だよ!」
 ちょっと克朗がわらうと、もおかしそうに、少し腰をかがめてキーパーの真似をする。
「お願いしてくれるのか?」
「もちろん!」
「…ありがとう。」
「どうしたしまして。」
 ふふ、と笑ってがおかしい、と言う。確かにそうだ。だってなんだか、おかしくって。
 二人分の白い息が、真っ白な元旦の空に昇ってゆく。たまにはあの二人も、いいことをするではないか。静かな年明けの午後だ。日射しはあたたかく、しかし空気はむしろさすように冷たい。ちらほらと初詣客を狙って屋台が出ている。甘酒なんていいかもしれないな、と克朗が少し首を廻らせた、その時だ。
「あああ〜〜〜〜っ!!!」
 天をも劈くような、しわがれた男の大声、もとい悲鳴である。
 それに二人は、ぎょっと肩を震わせて立ち止った。それはそれは恐ろしく、耳に覚えのある声であったのだ。
っ!お前なんで渋沢ンとこの子倅と…!!」
「ぎゃあああああでたあああああおじいちゃん!!!」
「…!!!」
 思わず老人とは思えないその迫力に、孫娘が出たと悲鳴を上げるのも仕方がない。町内会の振舞う甘酒のテントで、まさかの祖父が餅を焼いているとは思わなかった。洋菓子屋が餅を焼くな。顔を真っ赤にしたり青くしたり、とりあえず額に血管を浮かべて立ち上がった細身ではあるが未だ力の有り余る老人を、他の町内会の皆様がまあまあと宥めにかかるが聞くような性格ではない。そもそも人の話に耳を傾けるような性格だったならば、争いが三世代にもわたって世襲されることなぞなかったはずであるのだ。
 こいつぁいけねえ、と魚屋の主人が 「利一さん!血圧があがるよ!」 とはがいじめにかかる。
「克朗くん!ここはおじさんたちに任せて!」
「えっ、」
「新年早々目くじら立てるもんじゃないぜ、利一さん!」
「ええい放せ!!おじいちゃんお前に話がある!子倅は一発なぐらせr「いいからほら早くいきな!!」
 なにがなんやら。
 なにがなんやらではあるが、商店街のおじさまおばさまがたの熱い言葉を受けて咄嗟に固まった克朗であるが、がその手を掴んでパッと走りだす。
!?」
「うちのおじいちゃん、下手すると克朗くんのおじいちゃんよりねちっこいから!物書き目指してただけあって、すっごい!お説教長いし厭味ったらしいしなんか四文字熟語多いし大変だから!ここは!おじさんたちに!任せて!!逃げよう!」
 しかしどこへ、とつっこむ間もなく、にひっぱられて克朗も結局走る走る。
 逃げるなとかいう怒声が聴こえてきたが気にしてはおれない。新年早々、なんと騒々しいことだろう。気がつくと克朗は、より前をその手に手は持ったまま走っていた。
「おみくじは諦めて、お願いだけして帰ろう!で、金物屋に非難しよう…!」
 走りながらそう提案するに、克朗も全力で頷く。走ったせいで熱くなってきた。マフラーもコートもとても邪魔だ。心臓がうるさい。
 お願い事は、変更だねとが言って、それにもう一度彼は頷いた。

「おじいちゃんたちがもうちょっとだけでも大人しくなりますように!」