(ろみじゅり!) |
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交際宣言からまるっと2年。 商店街の皆さま曰く、嵐の前の静けさ。―――奇妙な、というよりいっそ不気味な膠着状態を続けていた両家の戦いの火蓋は、ついに切って落とされた。 どんがらがっしゃーん、でこ、ばこ、どん。 騒々しい音は、久しぶりなためか随分大きくド派手である。そう、この商店街の風物詩だ。 しかし今回は、沈黙が長かったためか、草月庵自慢の侍青年(守護神)とル・クレール自慢のお姫様が絡んでいるためか、かーなーり、激しい。すごく、激しい。おそらく2年の沈黙の間、溜めに溜めこんだ鬱憤が、爆発したのである。いつもは「いやお元気ですな」と笑って済ませる町の駐在さんも、ちょっと心配そうに自転車で何度か両家の前を通り過ぎた。 「今日という今日は許しちゃあおかねえ!!戦争だ!!」 第一ラウンド、ジイイ対ジジイが、塀を挟んだ庭越しに繰り広げられている。 「まったく言葉遣いの端々が下品でいやだねえ!そんなだから子供のしつけが行き届かんのだよ!!」 「ああ!?テンメエうちの克ほど躾も行き届いた礼儀正しい男はいねえだろうが!目ェ腐ってんじゃねえかィ!?いやだねえこれだから年寄りの耄碌は!!」 「ハア!?うちのかわいいお姫さんたぶらかす悪ガキのど!こ!が!躾も行き届いて礼儀正しいってのか、教えてもらいたいものだ!俺より6つもガキなのにボケてんじゃないか?!あ〜いやだいやだ!まっずい菓子ばっかり食ってると生活どころか精神まで貧しくなるんだねかわいそうに!」 「ぎゃはあー!ヒイィー!ヒエエエー!!おい!おい!聞いたか辰!姫!姫とか!自分の孫のことテメエ姫とか言ってやがるのか気持ち悪いジイイだなあおい!ぶっふ!生クリームの食べ過ぎで脳みそ溶けてんじゃねえか!?」 「Fils de pute, trou de cul,enfoire de merde!Casse-toi!!Connard!!Sale pede!!T'es dingue quoi!!Ca me prend la tete!」(※良い子の皆はこんなフランス語喋っちゃメッ☆だぞ!) 「アァ!?何言ってやがんだ日本語喋りやがれこの西洋かぶれ!!!」 「馬鹿野郎奥さんと嫁の前で日本語訳なんてできるかこのクソジジイ!」 「テメエの方がジジイだろうが!!」 ああ、先ほどから塩どころか塩の入った升ごと塀の上をあっちこっちへ飛び交っている。それだけでない、飛ぶのは泡立て気だとか木べらだとか、ちょっと道具っちゅうたら職人の魂違いますのんか、と思わず作者の素のコメントまで飛び出す地の文である。ああ、包丁は、包丁は頼むから投げんとっておくれやす! 「テメエー息子にどういう教育してんだバッキャロー!!俺の!俺のかわいい!ちゃんに!なんてことしてくれてんだこの野郎死ね馬鹿merde!クソConnard!!!」 第二ラウンド父世代対決は、一人娘の父親の怒りがMAX通り越して最早ノンストップである。こちらは小物にとどまらず、椅子や机まで飛んでいる。 「親子揃って碌な日本語も喋れねえのかこのアンポンタン!!そっちの馬鹿娘こそ家の大事な克朗になにしてくれてんだ!?アア!?美代さんの娘じゃなかったらただじゃおかねえぞテメエこら嫁さんに感謝しとけこの野郎!!!」 「ハアア!?ハアアアア!?人様の内の一人娘に手ェ出しといて言うにこと書いてそんな低能なことしか言えないのか!?お前ほんと成長してねえな餓鬼の頃からそのまんっまだ!かわいそうな頭だなア辰朗!」 「アアアアァ!?テメエこそがきん頃からなよなよなよなよしやがって!!悔しかったら林檎くらい片手で勝ち割って見やがれ!」 「いやだねえこれだから野蛮人は!!」 「アアアア!!?」 バキャア!ボキョオ!と最早大工を呼ばねばなるまい。あ、塀が破れた。 「ほんとお前ん家はさ、碌なことしてくれないよな。」 「アア?師匠や大旦那の悪口言う奴ァ許しちゃおけねえ!うちの克坊はなあ!そりゃあもう!いいやつなんだからな!!」 「わかってるよ?克はいい子だけどね。それとこれとは話が別なんだよ。まったく面倒事になるって分かっててやらかすんだからなあやだなあ俺、こういう野蛮な奴の顔見るのもいや。」 「じゃあ引っ込めこのモヤシ男!シスコン!」 「なんていうか、悪口からして頭悪そうなのがやだ。」 「アアア!?死ねこの糞男!」 「おっと止してくれ鈴ちゃんの耳にそういう汚い言葉が入ったら情操教育に悪いだろ…ってああごめん、子供どころか結婚どころか恋人もいない男に言う台詞じゃなかったねえ!」 「テメ(ピーーーーーーーーーーー)!!!!!」 「だから黙れっつってるだろ!このenfoire de merde!!!」 「日本語喋れええ!!!」 第三ラウンド兄対従兄は、若さのためか手も足も出ている。鈴ちゃんはあっちでお昼寝してまちょうね〜とできたお嫁さんはそそくさと奥へ引っ込んでいった。見た目優男であるがなかなかどうしての兄は強い。それに対して従兄の敏朗は腕力で追い詰める。炎と水の戦いである。 それぞれの家の背後に、それぞれ炎と龍虎が見える。ゴジラとヒドラでもいい。エイリアンとプレデターでも大丈夫だ。 どんがらがっしゃん。バキイ!メコオ! 「お父さんほどほどに頑張ってねー。」 「あら、千鶴子さん、利一さん腰いわせてたんじゃなかった?」 「そうなのよお、多分これ終わった後ガタッと来るわぁ。」 「聞かないものねえ。」 「ええ、ほんとに。」 「あ、お義母さんもとし江さんもお茶のお代わりいかがです?」 「どうせ今日は休業だから、これ、食べてしまわないと…。」 「まー!いいの美代ちゃん!ケーキこんなに!」 「いいのよお、生クリームってほら、なまものだからとっとけないもの〜!」 「じゃあ加奈子さん、うちも蕨餅とか水菓子持ってきたらど〜お?」 「あらお義母さまそれいいですねえ。」 「お義母さまたち、紅茶もどうですか?」 「あら、梨恵ちゃん、鈴ちゃんはもう寝たの?」 「ぐっすりです。わ!おいしそう〜!」 祖母ちゃんと母さんと若きお嫁さんたちは、屋根の上に座布団引いて、お菓子とお茶を広げ始めた。これぞ喧嘩の特等席。 喧々囂々、血で血をならぬあんこで生クリームを洗う戦いはますますヒートアップし、この破壊音は流石に尋常じゃねえとついには近所のおっさんたちも参戦し出した。 「若いふたりの邪魔するもんじゃねぇって克さん!」 「うるせぇ!放せテメエらには関係ねえ!」 「そー冷たいこと言うなよ!商店外の平和を守るのもまたおっさんたちの務め!!」 「いーじゃないか克朗くんは男の中の男だしちゃんは気立てもいいべっぴんさんだし!」 「「家の孫(息子・娘・従弟・妹)なんだから当然だろう!!」」 「わあ!息ぴったり!!」 「だまれ唐変木!」 騒々しい音をバックに、大学から帰ってきたが唖然と門の前に突っ立っている。なにせ庭の塀は崩れ、兄と父と祖父と、隣のおにいさんとおじさんとお爺さんと、それから近所のおじいちゃんおじさんおっさんおにいさんが、くんずほぐれずの大乱闘スマッシュブラザース状態であるのだから回れ右して帰りたくもなる。 なんだこれえ。 「ちゃん、ちゃん。」 にこにこと似たような笑顔が屋根の上から幾つも手招き。ご近所の奥様方の顔も、いつの間にか増えている。…屋根が潰れないか心配だ。 庭に飛び込むのはあまりにもためらわれたので、大人しく自宅の階段を登り、窓から屋根へ至る。お茶に紅茶にケーキに和菓子、どこから持ち込まれたのか座布団に日傘まである。 「ちゃん、おかえり。」 「なあに、これぇ…。」 ぐったり屋根の上で両手を吐いて座り込んだに、にこにこと各家の女性陣がお声をかける。 「疲れたでしょ。ちゃん、たくさんお菓子あるわよぉ。」 とおっとり微笑むのはル・クレールの大奥様、千鶴子さん。 「ごめんなさいね、最近気をつけてはいたんだけど、気がついたら始まってたのよ。」 とは着物姿でここまで登ったのがすごい、草月庵の大奥様、とし江さんである。 「これは…これは一体…。」 わかっているがわかりたくない。ハラハラ涙すらこぼれそうな疲労困憊のの目の前に、あたたかいお茶とフルーツタルト、餡を包んだ水菓子が差し出される。 「ん〜?ほら、あんたが克朗くんとお付き合いする宣言してから最初はショックで意気消沈、それから怒り心頭し過ぎて沈黙していたお父さんたちが、ついに、ブチ切れちゃったのよ。」 これはの母である美代さんである。先ほどからもりもりお菓子を召し上がっている。 「うちもねえ、克朗さんがちゃんと正座して俺はと真剣に付き合うことにしました〜って報告してくれたんだけど、やっぱりみんなショックというか、びっくりしたみたいで…やっとそれが薄れて怒りが湧いてきた頃に、生クリームが投擲されたものだから張り切っちゃってえ。」 これは克朗くんのお母さん、加奈子さんである。生クリームもったいなかったわ、と笑っておられる。 「ちゃんまあこれでも飲んで落ち着いて。」 とにこにこ笑顔の兄嫁さま。 ああ、なんだってこんなみんな、お花が飛んでいる女性ばかりなのだろうか。 とりあえず差し出された紅茶をぐびっと一気飲みし、続いて差し出された湯のみを手のひらに収めると、たしかに少し落ち着いた。 「ちゃんどれにする?」 「え、あ、私その苺の大福…ってちがああああう!!」 見事なノリ突っ込みだった。あらちゃんは利一さん似ねという的外れな千鶴子さんの頬笑みは横に、置いといて!それどころではなかった。阿鼻叫喚をBGMについ、うっかり、まったりしてしまうところだった。 「とっ、と、と、と、止めないと…!!」 「ダメようちゃん、怪我するわよ。」 これは逆隣のクリーニング屋の奥さんである。 「だいじょうぶよ〜おじさんたちもおじいちゃんもがんばってるし。そうよー!さっき配達終わったら八百屋のケンちゃんも来てくれるって!もうすぐ寺田先生も往診の帰りに自転車で寄ってくれるって言うから。」 こちらは本屋のおばさんである。ちなみに八百屋のケンちゃんとは学生時代インターハイにも出場した柔道経験を持つ八百屋のマスコット的クマさんで、寺田先生は鍼灸院をやっているのだが趣味で土日に中国拳法を教えている流離いの猛者だ。 果たしてこの戦いが終わった時、渋沢家と家の男たちは無事でいられるのだろうか。あ、軽トラが来たと思ったら魚屋のよっちゃんだ。よっちゃんは昔髪の毛真っ黄色なヤンキーだった喧嘩殺法の使い手である。夜露死苦ぅ! 「うっひゃあ!かっちゃんのじーちゃんたちなにやってんの!?」 明彦も参戦したようだ。彼は大学でもサッカーを続けようと思っていたらウッカリ新入生歓迎会で美人に飲まされ酔わされ騙されて拇印まで押されて書かされた誓約書により強制的にアメフト部に入らされ、結果今やムキムキのアタッカーである。 …ますますジジイたちの体が不安だ。 安心していいのか心配すればいいのか、オロオロと眼下の乱闘を見下ろすを、人生経験豊富な女性たちがわらわら取り囲む。 「どうしよう…。」 「気にしなくていいのよ、。」 「そうよーましてや自分を責めたりなんて、絶対だめよ〜。こんなの男どものつまんない意地の張り合いなんだから。」 「男ってのはね…意地でも肩でも胸でもなんでも張りたがるもんさ。」 入れ歯をもごもごさせながら金物屋のおばあちゃん。真理である。 「!気にしないでいいって!」 「晶ちゃん…、」 「克朗くんが!好きならそれで胸だけはってりゃあいいのよ!!ねっ!ばあちゃん!!」 「女は自分にまっすぐ胸だけはってりゃいいのさ、バストもアップして見えるからね。」 とやはり金物屋のおばあちゃん。大物である。 赤くなるより前にはぽかんと口を開いた。馬鹿馬鹿しいと思いながらも、生れたときから染みついた慣習は、やはり彼女の中にもしっかり根を張っていたようだ。びっくりしすぎた孫娘の顔をころころ笑いながら、千鶴子さんが頷く。 「そうよ、いいじゃない。恋って障害があったほうが、燃えるわぁ。あの人も若い頃海外で相当遊んだから…。」 ポッと頬を染めて若い時分を思い出しているのだろうか、その隣でとし江さんが、お茶をすすりながら呟く。 「千鶴子さんと違っておばあちゃんはお見合い結婚だからねぇ…当時はお隣みたいな恋愛結婚の方が珍しいのよ。でも憧れたわぁ…頑張って、ちゃん。」 思いもよらぬ応援に、が思わず、反射で頷く。 じゃあそろそろ行こうかしら、と状況の飲みこめないを置いて、おばあちゃんお母さんお義姉さんがそれぞれよいしょと立ち上がった。ぽかんと座ったままそれを見上げながら、なんだかとってもかっこいい。はやっぱり、唖然としている。 「お母さんたち小さい頃から友達でしょ?」 「隠れて仲良くするのも疲れたわぁ。」 太陽の逆光で顔が良く見えない。しかし渋沢家の女性も、家の女性も、きっとそれはいい笑顔をしているに違いない。 「それに、」「お母さんたちね、」 なんとなくは泣きそうだとおもった。 「「お父さんのお菓子、どっちも好きよ」」 おばあちゃんたちもですよ。と二人が重ねて笑う。 「ケーキだって食べたいし、」 「大福だって食べたいわあ!」 そのままスタスタと、窓を潜って、やがておうちの中へ引っ込んでゆく。取り残されたがご近所の奥さまたちにちょいちょいと袖を引かれて、指差された真下、家の縁側。 そこにモンタギューキュピレットそれぞれ大人の女性陣が、颯爽と居並ぶ。普段お花を飛ばしてはぽやぽやしている奥さまがただが、なんだかやはりかっこいい。 「利一さーん?」 「克さん!」 「あなた〜?」 「お父さん!」 「太一くん!克吉さん!」 阿鼻叫喚の渦の中、それでもやっぱり、奥さまの声は聞こえたらしい。 拳を振り上げていたり机を持ち上げていたり抑えつけられていたりへたりこんでいたり、それぞれの姿勢のまま、ピタリと止まる。 「いい加減喧嘩を止めて下さらないと実家に帰らせていただきます。」 にこにこにっこり、はもった五人の声に、えっ、と別の意味で男たちが固まる。最初からそうしてくれればよかったのではとは誰もつっこまない。いや、つっこめない。そんな最終兵器あるならもっと早くつかってよー!と叫びかけた明彦の口を、とっさによっちゃんが塞いでいる。人生経験豊富なヤンキーなのである。そう、誰もが知っている。 母は、いや奥方は、いや、女は強し。 なのである。 |