( beautiful day )  

 朝、目を覚ますととても空がきれいだった。
 白いシーツの上に青い影が落ちてるのでそうだとわかる。窓の外には濡れた緑が一枚一枚葉を数えてはカレンダーに印をつけてる。クラピカはベッドの上に起きあがってそのまま窓の下に座った。金色に日が輝いて光の粒子は東に渦巻いている。窓を開けたら少し冷たい風が吹き込んできた。日差しはこんなにあったかなのにな。遠くの山は錆びた紫。近くの山も葉が落ちて、なんだかずいぶん寂しそう。
 白いレースのカーテンが、クラピカの髪と一緒に揺られる。朝、悲しい窓の下に座って風に吹かれる。不思議なことだと、少しわらってしまう。この日々の行方はだぁれも知らないのだ。
 もう誰も彼と同じ目で笑わず、同じ目で怒らない。いなくなってしまった。ふと考えてそぉっと実感する。窓枠に腕を乗せて、その上に顎を乗せた。白い漆喰で固めた街の朝は静か。見下ろした石畳が濡れているので、きっと夜明けに雨が降ったのだろう。知らない間に雨が降ったことを惜しく思う。今朝の雨はどんなにか金色で美しかろう。それを眺めたらどんなにか、美しい生き物になれたろう。
 少し強い風が吹き込んで、彼はつられてその先を振り返った。なにもない部屋。ガランとしている。机と椅子、ベッドと冷蔵庫、小さなクロゼット。どれもみなクラピカより前からこの部屋にいたものたちだ。なにもないのはいつでも、どこへでもすぐ出ていけるように。
 なのに風が机の上の花の先っちょを揺らす。花瓶代わりのミルク瓶。花は一輪。コスモスという。それが少ぉし、笑うみたく揺れた。
 いつでも、どこへでもすぐ出ていけるように。なのにが花を活けて帰った。そのやわらかな紫が、いつまでも胸に残っていけない。
 窓の外に目を戻す。寒いのに窓開け放つなんておろかだ。クラピカは少し口端で微笑する。
 いつまで経っても人恋しくて、いつまで経ってもひとりは淋しい。日がゆっくりと昇る。屋根から金と銀との滴が落ちてる。ゆっくり、ゆっくり、日差しが明るく、影が長くなる。クラピカの金の髪もさらさらと光った。
 も今頃は、もう起きて朝の光の下、背伸びしているだろうか。それともまだ寝てるだろうか。あの白い目蓋の上に、この光が落ちてるだろうか。
「…おはよう。」
 どうしても言いたくなったのだ。届くかしらなんて重要なことではない。小さく澄んだアルト。鳥が窓の下から飛び出して彼は少し目を丸くする。コスモスもつられて笑ってる。風が冷たいな。でも窓を閉めるのが彼には惜しく感じられてしばらく風に吹かれることにする。風邪をひくのは、修行が足りないからだ。そういう風に、言い訳しよう。日が昇りきって、郵便配達が来るまで。それまでだけ。悲しいも淋しいも憎いもぜんぶ、隠した心にしまっておこう。美しいものだけ、素直に眺めていられるように。駆け足で去る季節を呼びながら眼差し注げるように。
 おはよう。素晴らしい朝に。それから少しだけ遠くの君に。
 考えて少し笑う。今日の仕事は特にない。も今日は暇ならいいのに。寂しい窓から離れて、彼は身支度をする。郵便配達夫が、鈍色に輝く道路を、魚のように悠々と昇ってゆく。

20081225