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「参ったな。」 夜なかに彼はあたたかな布団の中で暗闇に目を凝らしていた。穏やかな家族の団欒そのもの(と言っても彼はそれを体験したことがないのでわからないが―――。)の夕食を過ぎると、一家はそうそうに寝支度を始めた。父親と応接間で少し酒を呑み交わしてから―――彼はすることもなく部屋にいるしかない。今日一日だけでずいぶんと奇妙な体験をした。それらの事象を頭の中で反芻しながら、さあこれから、どうしようか。頭の後ろで手を組んで、仰向けに考え込む。 気になることをひとつひとつ上げればきりがないが、なにより一番彼を驚かせたのはフォルセティと呼ばれるあの青年だ。 「どうなってるんだか。」 道理で連絡もなにも取れないはずだと、彼は内心肩を竦める。 フォルセティと呼ばれる少年と言うには成長している青年。しかし母親も父親も祖母も使用人も、みな彼を十三歳の少年として扱っている。部屋の趣味も飛行機の模型や世界地図など、見た目の年齢にそぐわないものばかりで構成されている。しかしこれが大学レベルの問題だと言わずに提示すれば彼はすらすらとそれを解いて見せる。その学力はどう考えても十三歳を飛びぬけているし、なによりやはり、その背の高さも声の低さも少年とは呼びがたい。それよりなによりも、彼はその青年を知っていたのだ。 「…シャルナークめ。」 フォルセティだなんて呼ばれていいとこのお坊ちゃんしてやがるなんて。 綺麗なものを着て病弱な長男としてちやほやと世話を焼かれ、かわいい妹と戯れて良い物を食べて寝て。考えたら少しおかしくなって彼は一人暗闇の中で笑いを堪える。彼らの次の目標がこの家にあった。そのために今フォルセティと呼ばれている青年を送り込んで早三ヶ月―――なんの音沙汰もなく、外部から接触も取れず、しかし急襲するには状況があまりにも知れなかった。そこでこうして『団長』じきじきにやってきてみればこれだ。 おかげでしばらく退屈しないで済みそうだ。 彼はもう一度くつりと咽喉を鳴らして、寝がえりを打つ。今頃隣の部屋で、『フォルセティ』は草原を駆けまわる夢でも見ているだろうか。 そう考えるとなんとも笑えない気分になって、急に白けたような心地になってしまった。まったく情けなくって! 奇妙な一家だ。厳格で立派な父親、美しく優しい母、物静かで穏やかな祖母に、口うるさくお喋り好きな女中、病気がちで利発な少年に、大人しく引っ込み思案な美しい少女。美しい家族の肖像、絵に描いたような家庭である。しかしそのパーツが、もはや最初からおかしい。本来そこに当てはまらないものが、無理やり設定を当て嵌めてそこに組み込まれてしまっている。自分の顔を見てなんの反応もなく、無邪気に「先生」だなどと呼んでくるところを見ると、彼は本当に、フォルセティになってしまっているらしい。も、そうなのだろうか?あの女中も、母親も、父親も、老婦人も? 一体どこまでが組み込まれているもので、一体どこまでが元からある、本当の家族というコミュニティなのであろうか。 そこまで考えて、なんだかうすら寒いような気がして彼は眉を顰める。ミステリもホラーもお手の物、スプラッタなら日常茶飯事の彼ではあるが、なんともこの奇妙に調和した穏やかな輪の中にいるということ自体気味が悪い。そもそも家庭だとか団欒だとか、そういった単語に縁遠いところにいる人間なのだ。ただでさえ耐性がない。免疫がないと言ってもいいかもしれない。そこに得体のしれない薄っぺらさが入ったとなると、ますます落ち着かない心地だった。痛くもなければ怖くもないが、うぞうぞと背中をなにかが這っているような感覚だけする、そんな感じである。背中に手を伸ばしたところで何にも触れず、しかしたしかにゾワゾワと何かの気配がする。 なんだか本当に背中がかゆくなってきた。 手を伸ばして指の先で引っ掻きながら、さて明日はどうしようかと彼は再び思案し始める。 シャルナークは最初、コンピュータの修理業者を装ってこの家へ入ったはずだった。正攻法では盗めないということだけが、最初からわかっていた。必要なのは、その家の内部深くまで入り込むことだ。殺しては手に入らない。 手っ取り早いのも好きだが、こういった周りくどい方法も彼は好きだった。前者には即効性のスリルと興奮があるが、後者は分厚い小説をひも解くような、パズルに熱中するような静かな熱狂と面白さとがある。彼は何より頭を使うことが嫌いではなかった。時間をかけて崩すことも、時間をかけずに突き崩すことも、どちらも結局は同じだ。彼がその足の裏で踏みつけ、崩す側に立つ人間であるということは、ついぞ変わったことがなかった。他生の予期せぬハプニングすら常に、彼のお楽しみに花を添えるものでしかなかった。 |