ちっさなちっさな人間娘のその度胸に、どうして笑い出さずにいられたものか。
銀狐は目をきょとんと開いて、それからくったくなく笑いだした。
目の前でちっさなちっさな人間娘はぽかんと気を削がれたように見上げてい る。
(おいおいさっきまでの剣幕はどこへいったんだ?)ニヤリと狐が笑って見せると、はっと気がついたように首を降って、人間娘は口を開いた。
「さっさと、蔵馬を、返しなさい!」私に返せと娘が吠える。なんだかまるで子犬のようだと細い目玉を僅かに開いて巨きな巨きな古狐はわらった。(銀の巨きな化け狐に吠えかかるちっさなちっさなコロコロの子犬を想像したら、なんともおもしろかったのだ。)(子犬よ、子犬よ、人の子よ。私は小さなお前など、プチンと軽々この指先でいとも容易く捻り潰せるのだよ。)
娘はきゃんきゃん吠えている。
返して返して蔵馬を返して!返して返して返して返して。
馬鹿な蔵馬はここにいる。(そう、蔵馬は私の名前だ。ではお前が探しているのは誰だ?誰だ?)

狐はゆったり優美な動作でゆっくり頬杖をついた顔をあげた。銀の髪はさらさらと水より冷たく流れていった。冷たい微笑は美しい。
返せ返せと喚く子の、なんと愚かで面白いこと。
秀一?蔵馬?どちらでも同じこと。小さな人の子よ、お前は、これをなんとしていた?
もちろん狐はその答を知っていたけど笑わなかった。それはあまりに人間臭く、かれには遠い、感覚だった。
だって馬鹿げている。己以外になにを見出す?己以外をなぜ愛する?
娘を見下ろし狐はわらった。
借りは返すのがこの狐の主義なのだ。
「煩いぞ、犬の子風情が。」
はあ?と娘が狐を見上げる。
ますますおかしくって妖狐はわらった。わらった、わらった。
(ああおかしい。)
娘が返せという人の子はもはやどこにもいないのだ。いるとするなら狐の中に、ちいさな記憶が眠っている。
緋色の髪を探しているのか?
緑の目玉を探しているのか?
やわらかく丸い輪郭のやさしい耳を探しているのか?
わからないのか?永遠に失われたのだと。
狐はわらう、わらう、わらう。
さてこの子犬を(どうしようか?)

嗤う狐話