第六夜 今日はは右耳の飾りを失っていた。少しそこにさびしい隙間風が通っているようだった。左の耳だけで大きな、星を連ねた耳飾りが輝いている。この女は、どんどんと飾り物を失っていくのにどうしてかしら、清められてどんどんと美しくなるようだった。もちろんそんな難しい感想を頭の中でだって彼が言葉にできるわけではなく、ただなんとなく不思議な感慨に首を傾げるだけだ。 「今日も勝ちましたね。」 昨日と、一昨日と同じことをが言って、その言葉がここ数日のうちに随分と日常として聞き慣れたものになってしまっていることに遅れて彼は気が付く。それに彼がどんな意味を見出し、それ以前にそのことについて思いやることがあるのかすら怪しい。 それより夜半を過ぎると昼間と打って変わってこの土地は冷える。過ごしやすい、のはもちろんそう言った造りの住居に住めるものばかりで、夜、貧しい民草は少ない毛布を家族で被り、体温を分け合って眠るほどだ。砂漠とまでいかないが、乾いた風と真っ白な太陽が照りつけるこの国は、一日の寒暖差がひどく激しい。ここは地下の石牢であるため、昼間使われることはほとんどないが、おそらく過ごしにくいということはなかろう。だが夜は、ひどく冷えるのだ。もちろん大してそれを彼が今まで気にかけたことはなかったけれど、今日、耳飾りもなくしておまけに肩のヴェールまでなくした人を見たら、寒そうだな、と素直に思ったのだ。真っ白で丸い肩のかたち。 彼はごそごそと寝床の藁の下を探った。両手が重く頑丈な錠で固定されていて、それぞれが別々の動作をすることはほぼ不可能だが、それにもとっくに慣れてしまった。 「…。」 「まあ!」 つき出すように差し出された絹の衣を見て、は子供のように無邪気に手を打ちあわせた。少女と呼ぶにはもうその人は大人な気がするけれど、似合わぬ仕草ではない。ん、とさらにそれをの方につき出すと、少女の微笑のまま彼女はおっとりと首を傾げる。 「良い肩掛けですね。」 的外れな返答に彼が首を傾げる。良いものもなにものものだろうに。 しばらく黙って、それから彼は勢いよくヴェールをに投げつけた。ほとんど重さのないそれは、あまり飛ぶことなく、二人のちょうど中間あたりでふわりと落ちた。上質の絹はさらさらと落ちる時も音をたてて、その向こう側にぽかんとした顔のが現れる。 さらにやや沈黙があって、 「…寒かったですか?」 まったくどうしてこのという女は、お金持ちで、大臣の娘で、きっと“学”もあるのに的外れなことばかり言うのだろう。 だんだん面倒くさくなくって彼はまた横になった。 そうだ、夜は眠い。今日もよく戦った。 しかし昨晩のように、完全に眠ってしまうことはない。眠ってしまえば、またそのヴェールは持ち主の手を離れるに決まっている。藁のついてしまった水のような手触りの布。ちら、と落ちた先を見やると、先ほどと変わらず石壁に背をつけて座ったまま、同じようにそれを眺めていたと目が合う。 へら、と微笑まれて、彼の細い目つきがさらに細く、剣呑になる。 「…それ、さわりごこち、へん。」 彼がこれだけ一気に三つも単語を操るのは珍しい。 目を丸くして、それからは立ち上がって布を拾い上げた。「そうですか、」と呟く口調は残念そうで、でも穏やかだ。少し微笑みすら含んでいる。 「気に入らないのなら仕方がありません。」 そのまま元あったように、自分の肩にそれをかける。それをやはり横目で見ながら、白い肩が布の向こうに隠れるのを見て、少し惜しいような。気が。 そういえばあの甘い菓子は今日はないのか。やさしいこ、と優しい声音がする。 ざんねんだ。 彼は今度こその存在を完全に無視して目を閉じた。夢すらも見ない。 |