第七夜 ついには左耳の飾りも失っていた。もう彼女が身に着けているものでキラキラ光るものは両手の指の細い指輪だけだった。彼の目にもそれはあんまり頼りなく見えた。最初の夜、彼女は月と星を纏っているように輝いていた。今は星の輝きを失って、けれども彼女自身が月夜の雪原のようにほのかに優しく光っている。 「…今日も勝ちましたね。」 当たり前のことを言う。 一週間後、とが告げてから七日目の晩だ。あるいは八日目の未明。正確なことはわからないが、そのどちらでも構わない。今は真夜中、七日目と八日目の、昨日と明日の間。“いつ”でもない時。そもそも眠るまでが彼の今日だ。彼は“よゆー”で数を十までくらいなら数えられたから、明日がのいう、ヴェなんたらとの対戦日だとわかっていた。 前もって闘う相手を知らされているというのは未だかつて経験のないことだったが、知ったところで彼の中で何が変わるわけでもない。 殺さなければ殺される。 彼はあんまり、殺伐として諦めている。幼いと呼ぶには時は過ぎていたかもしれないが、少年と呼んでなんの差支えもない年の頃だ。それなのに目玉は暗い奈落のよう。 今夜はいつになく、静かだと彼は思った。 普段ならが勝手に、ひとりごとをしゃべる。もちろんそれは彼に向かって発された言葉で、彼もそれをだいたいは聞いていたけれど、それでもまだそれはひとりごと、と言ったほうがふさわしいように思えた。 明日ですね。とか、言わないのだろうか。 チラとの方を見ると、常と同じように石壁に背を預けて座っている。フウとため息を隠すこともしない憂い顔についている両目は、彼の方を見ない。 黙っているなら何故来たんだろう。 首を傾げて、それから彼はやはり横になろうとする。まったく勝手に上り込んでくる相手に、どうしてこちらがなんとなく気まずいような心地を味合わねばならないのだろう。彼女の話によれば明日の相手はなかなか強いらしいし、たっぷりと寝て明日に備えるべきだ。 「…ごめんなさい、」 ぽつんと小さく声が聞こえて、半ば横たえかけた体を止めての方を見る。 膝を抱えて座り込んだままのお金持ちの、大臣の娘の、お嬢様は、石壁の作る青い暗闇のなかで、なんとも情けない笑顔を見せた。 「お菓子を忘れてしまいました。」 昨日準備できなかったので、今日はちゃんと包んだのです。そう言い訳するようにがため息を吐き、彼はなんとなく、今までの沈黙を“気まずい”と認識していた自分がなんともいえず馬鹿馬鹿しくなる。 よし、寝よう。 もうは完全無視だ、無視。もともと何を言ってこようが関係ないのだ。あーもー。無視。 今度こそ横になる。藁がちくちくするのはいつものことで、大抵はそんなこと気にならないのだけど時々妙に気になった。 「ごめんね、」 の声が細かに震えている気がして、彼はピクリと動きを止める。 「…あしたは、かならず、…持ってきますから。」 視線だけで振り返ると、やっぱり情けなくはわらっていた。なにか違うことを言われた気もしたけれど、彼は考え事が得意でないからわからない。ただ眉を下げて笑っているは、暗闇の中、光って見えた。 金銀の輪っかを失くしても光っている。 彼は少し驚いて、けれど生来の無表情にその驚きが現れることはなかった。彼女の白い腕は、やはり自ら発光しているようだった。 ヴェ…なんだっけ。対戦相手の名前はやっぱり思い出せなかった。 |