フレッドはどうしようもなく困っていた。
どうしようもなく途方に暮れていた傍らにいない片割れを、この時ほど恨んだことはきっと今までにないだろう。多分これからも。
フレッドは人気の無い廊下を歩いていた。
ここいら一帯は使われない教室ばかりが並んでいるので、通るのはフィルチかゴーストか、或いは赤毛の双子くらいなものだ。 だのに、今、フレッドの目の前で女の子がひとり蹲っているではないか。
フレッドは何度も見る角度を変えたり瞬きをしてみたりと試行錯誤を繰り返したが、どこからどう見てもその子は泣いているようだ。
これがそこらの女の子ならフレッドだってこうは困らなかった
こんな人通りの無い場所を選んで泣いているのだから、きっと誰にも知られたくないんだろうな。
そう考えて気付かれる前にそっと立ち去ったはずだ。ウィーズリーの双子にだってそれくらいの常識と紳士な心がけはある。
それが普通の女の子なら。
今彼の目の前で泣いている女の子は普通ではないのだ。付け加えるならば、フレッドにとって普通ではない女の子だった。
どうしよう。フレッドは口の中で呟く。
が泣いている。
6年間ずっと一緒だった彼女が泣いたところなんて見たことがなかった。
いつも黒い目をくりくりさせて笑っていた。
フレッド!って名前を呼んで大声で笑って。
膝を抱えて小さく縮こまって震えている、これは誰だ?
いつも一緒にいる彼女が突然知らない人のように思えてフレッドは酸素を失うような気分になる。呼吸ができない。酷く苦しい。
こんな時ジョージがいたら?
そう思わずにはいられない。この状況をなんとかできただろうか?
仮定だらけの質問に答えがでるはずもない。
長い廊下にの啜り泣く声が響いている。そしてフレッドは、相棒も持たずその場にたったのひとりぼっち。
フレッドはを見た。そうして、やっと意を決して声をかけようと、しかし、自分の呼吸音が思いの他大きく響いてしまってギクリと心臓が跳ねた。
「…。」
少し掠れた言葉になってしまった。その声にビクリと大きく肩を震わせてそろそろとが顔を上げる。
やっぱりその頬には涙が伝っていて、目なんて涙と一緒にこぼれ落ちてしまいそうだ。そのてのひらにほたほたと滴が落ちる。
「フレ、ド。」
悲しいでいっぱいのその顔。 悲しい が溢れてしまったその顔。
知らない顔だ。
フレッドはそれを見てまるで雷に撃たれたように体中を後悔が駆け抜けるのを感じた。
(こんな小さな女の子が。)
どうして今まで察してやれなかったんだろう、こんな小さな女の子が国とも家族とも離れてたったひとりで。
「!」
フレッドは勢い良く膝をついてを腕の中にひっぱりこんだ。
でもなんだかそれは傍から見たらフレッドがに抱き付いたように見えただろう。は驚いたように息を吐いた。
の体はひんやりと冷たくて長い間ここで泣いていたことがわかった。フレッドはそれがどうしようもなく悔しくて悲しくて腕に力を込める。
どうして今までずっと気がつかなかったんだろう。
だってこの子はこんなに小さくて、そしてひとりぼっちだったんだ、もうずっとずっと。
の頭を胸にぎゅっとしまってフレッドは言う。
「ごめん。」
は答えない。 ただ細い指先がそうっとフレッドのセーターを掴んだ。
そこからの震えが伝わってきてフレッドはまた腕に力を込めて、ごめんと繰り返す。
「なんで、フレッドが、謝るのさあ。」
小刻みに途切れる、泣き笑いのような情けない声だった。
「…謝りたいから。」
こんな時でさえ彼女は笑おうとするのだ、と思うとフレッドは自分の声が奇妙に掠れていることに気付いた。鼻の奥がツンと熱い。
「…なんでフレッドが泣くの。」
嗚咽も悲しさもぜんぶ抱きしめるようにフレッドはぎゅうぎゅうと腕に力をこめた。
「君が泣くからじゃないか。」
唇を噛んでフレッドは言った。
はははと笑った彼女の声が耳の奥にこびりつくようでフレッドは強く目蓋を閉じた。
「笑うなよ。」
「うん?」
「笑わなくて、いいんだ。」
「変な慰め方ー。」
「…。」
「噫ー…うん。」
小さく頷いたはもう笑わなかった。もっと小さく縮こまって小さな子供みたいにフレッドのセーターを握りしめて泣いている。セーターが伸びるかもなんて思いながらフレッドは妙に清々しい気持ちになってうっすらと笑った。
まだは泣いている。
(が泣きやんだら、)
妹をあやすみたいにの背中を優しく叩きながらフレッドは考える。
(なんて言おうか。)
酷く落ち着いたやわらかな気持ちで、フレッドは言葉を探した。
まだ彼女が泣きやむまでに時間はかかりそうだ。
三丁目の曲がり角は憂鬱
20070331/古い作品。所詮こんなオチですよすみまっせん!