「…ジョンと話すのはこれが初めて。」
そう言って嬉しそうにはにかんだ娘に、男はただ曖昧に口端を持ち上げるくらいしかできなかった。男は随分若く見える、あどけない人形のような顔をしている。金色の巻き毛に真っ青な目玉は、この薄暗い部屋の中でひときわ浮かび上がって見えた。
「てんしみたいね。」
とふと女が目を眇めるように呟いて優しい目をした。
「え?」
「ジョンがよ。私随分こうしてあなたとお話がしたかった。」
女はにっこりと安堵したようにほほえむばかりだ。もうなにも恐ろしいことなどないとでも言うように、その表情は晴れやかで優しい。
「だからとってもうれしい。」
「…。」
男は少し複雑そうな顔をした。正直に彼には彼女がこんなにも穏やかにほほえむことができるのが少しばかり信じられないのだ。
「…なんで、」
男の声に女が首を傾げる。その背景の美しい緑の中、白い鳥が数羽、まるで光を集めたように羽ばたいた。まるでそれこそ天使のようなのに、と男はこっそりと考えて少し息を詰めた。
女の笑みはあまりに曇りがなさすぎる。
「なんでそんな風に平気な顔してはるんです?」
それに合点がいったように、ただ女は頷いて微笑むだけだった。男は尚続ける。
「もうすぐ消えてしまうんですよ?僕に消されるてわかっててなんでそんな風に笑わはるのか僕にはわかりません。だってあなたは、」
そこでジョンはすっと息を潜めた。
「幽霊やないのに。」
それに女は、やはり笑うだけだ。やわらかい茶色の髪が、ゆるゆる波打って肩からこぼれる。
「でも生き物でもないわ。」
「悪いのはこの屋敷に巣食うてる悪霊です!あなたは、」
「かごのとり、ね?」
女がにっこりと微笑んだ。かごのとり。とらわれた人。
「ねえどうぞ、」
女が微笑む。
彼女は美しい。美しい。一人の男が泣きたくなるような優しい思いで描いた、その世界に住む人。男の筆先に宿った命を集めた人だ。精霊とも違う。彼女のような思念体を表す言葉を、彼は知らない。
「私をじゆうにして。」
微笑んだまま女は時を止めた。
背中で白い鳥が舞う。額縁の中の緑の世界。
男はそっとその表面に手指先を伸ばした。乾いた絵の具の感触。なぜかな涙が出そうだ。
そこで彼女は、永遠に微笑み続けている。
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