Here is the sometime flower garden. It's just waiting for you. ここはいつかのおはなばたけ。ただ君をまつ。 |
02. |
(科学者という生き物は大概自らの所業に慄く。) |
呼吸が楽になって文字を覚えて暫くすると、けだものはガラスの外へ時折出されるようになりました。 外へ出る時は、体中に機械を接続されましたが、それがないとまだ自分の身体が不十分であることも感覚的に理解していましたから、それを煩わしいとは思えど拒みはしませんでした。はいつも、不思議に真っ青な瞳でけだものを見つめていました。そうして文字を書いたり話しかけてきたり、なにかと彼と接触をしたがりました。 外へ出てからというもの、うすうす予感はしていましたが、けだものは自らの力がひどく強いのだということを思い知りました。少し力をこめただけで、石が割れ、木が裂けました。書物から得た知識で、それが異常なことであることをもはやけだものは理解できましたから、そのことにまた驚きもしました。 けだものはまた、自らが他のけだものと比べて、強いことも知りました。もはや試験管を経てガラスの水槽の中に暮らすのは彼だけでした。比較的良く似た姿をしていたけだものだちは、もういません。そのr理由の名が"死"であるというのは、やはり書物から得た知識でのみ、彼は知っていました。 外へ出て、彼は他のけだものをたくさん見ました。どれもが彼を恐れ、脅え、威嚇し、攻撃を仕掛け、そしてことごとく破れました。それがポケットモンスターと呼ばれるけだものであること、自分もその一種であるには違いないだろうこと、それから自らの力の使い方を彼は学びました。 そうして彼は、"死"すら知りました。それはいつも、自らが他者へ与えるものでした。 しかしどれだけ戦って、重力や気圧の変化に慣れ、身体がしっかりと安定しても、慣れないことがひとつだけ。 「ミュウツー、」 そう呼んでは寄ってくる、という人間のあしらい方です。 まったく天才とは名ばかりなのか、けだもののおぞましいほどの力を知ってか知らずか、はなんのためらいも見せず、くったくなくけだものにかまいました。少し彼がをわずらわしく思い、その気はなくとも軽く払いのけただけでたやすく死ぬことがわかっていないようでした。 そう、人間はあまりに脆弱です。 彼は透視という能力を身に着けて以来、相手の力を見定めるのが容易になって初めて驚きました。自分を拘束し、操作し、支配する人間たちのなんと脆いこと。このような種族に支配されてきた自らの歴史が不思議でもあり、それでもやはり、それが当たり前のようにも思えました。 少なくともこの性別不詳の人間はその中でもひときわ脆く、「ミュウツー、」ひときわ彼に構いたがるものですから困りようでした。うざったいからと言って、気をつけてごくごく僅かな力に抑えても、きっと払うだけでたいそうひどく骨を折るだろうと、客観的に予測がついたからです。別に骨折させればよいのでしょうが、なんとなくそれは憚られました。ましてや本気で振り払ったりなどしたら、その細い体はありえない方向にぐにゃりと折れ、それっきり。 噫ほら、こうして思考している今もまた、 「なあ、」 うるさい。 ジロリとにらむときょとりとして、それからへらりと笑みを浮かべる。 「まだ喋られない?」 『うるさい。』 「テレパスはできるのに。」 『…。』 けだものはテレパスというものも覚えました。直接相手の頭に、音と言葉を叩き込むいささか乱暴ではありますが送るほうには楽な方法です。もちろん人間のするようにきちんと発声して音を出すのも可能でしたが、単純に面倒でしたのです。 「まだ人の形になれられない?」 『…。』 「つまらない。」 という人間は言葉遣いが少しおかしいのと、やたらけだものが人の形をとるのを楽しみにしていました。ポケモンと俗に呼ばれる獣たちは、人間によく似た形をとることも可能でした。もちろんこのけだものもそれが可能でしたのですが、それをすれば白衣たちを喜ばせるだけであろうことは簡単に予測できましたので、単純に面倒で、少しばかり癪でもあったので、一度も変化したことはありませんでした。 『なぜ人の形にこだわる?』 それが初めて、"ミュウツー"からへ、発せられた言葉でした。 それにが、楽しそうに笑います。 「友達になられそうじゃないか。」 『…形にこだわるのはおかしなことだ。』 「そうかな?私と同じ形になったら、君、きっと私と仲良くしてくれると思うのだけれど。」 どうもが言うには、彼が人の形をとることで、彼がと仲良くなる気になるということでした。は天才という人種らしいのですが、いまいちけだものにはその実感が常にありません。 今でも十分譲歩して、付き合ってやっているのがわからないのでしょうか? 『なぜ?』 「せめて形が一緒になれば、おなじ生き物だって、気づいてくれるかと思うのだけれども。」 常にほとんど、けだものにはの言うことがわかりませんでした。 ただ彼に言葉かけることはない白衣たちと違って、ばかりが彼と言葉を交わし、日々増大し複雑化する彼の頭脳が発する問いや疑問になんの苦もなく答えを出し、その思考レベルを更に上回って会話をしました。しかしどれだけ、獣が知識を蓄え見識を深め、思考を成熟させていっても、の話すことの大概が、彼には理解不能のことでありました。 ただただけだものは、と会話をすることは苦ではなく――ええ、退屈な日々の中でいっそ楽しみにしていたのです。 「はやく君にあいたい。」 もうここにいるのに。 まだは、獣が人の形になるのを心待ちにしているらしいのです。 やはりさっぱり、てんさいの考えることは理解に苦しみます。 しかしふと。ふと、けだものは気になったのです。の見る景色と自分の見る景色は同じだろうか。の目は青く、青空を切り取って嵌め込んだようです。 「ね、」 と言ってが笑いました。金の髪です。 けだものはほんの少し、この不可思議な生物の思考が理解できるのであれば、白衣たちをも喜ばせることになっても人型をとってもいいのではなかろうかと思いましたのです。 |
(091217) |