Here is the sometime flower garden. It's just waiting for you. ここはいつかのおはなばたけ。ただ君をまつ。 |
07. |
(最初から存在しない者を殺すことはできない。) |
花畑は美しく、しかしやはり夢まぼろしでした。 今日はおやすみとの言ったその次の日から、再び "実験" と "研究" の日々が始まりました。始まった?それはミュウ・ツーが生まれる前から始まっていた物語で、これからも続いてゆくのだろうと思われました。そしてただの頬ばかりが、だんだんと白く痩せていきました。 「神様を知ってるか?」 その問いかけは、いつもの脈絡のない会話の中に、ひそりと産み落とされました。 「神?」 怪訝にミュウ・ツーは顔を上げました。 書物から得た知識で、彼はそれがどういった事柄を表す言葉であるのかを知っていました。しかしもちろん、その意味を知りません。 「人知を越えた存在として畏怖され、崇拝され、信仰の対象となる者のことか?それとも絶対的な、力と権利を持つ者のことか?」 「…いいや、」 が不思議な感じに微笑しました。その青い目が、ミュウ・ツーにはうっすらと発光して見えました。白衣に光が落ちて、少しの顔は明るく見えます。 真っ白な箱の中です。獣はたくさんの管に繋がれたまま、手術台に横たわり、天井から燦々と降り注ぐしろい日光をただ見つめていました。はその光から目をそむけるように、ただじっと座ったまま、足元を見つめて、ときおり獣の銀の目を見てはくたびれたようにわらいました。 「神様というのは、きっと、この世で生きる生物の数だけ、いられるのだと私が最近思う。」 どういうことなのか、やはりミュウ・ツーにはわかりません。 「この世界が生きる、ひとり、ひとり、いっぴき、いっぴきに、きっと、それぞれの神様がいられる。」 「絶対的な神を否定するか?」 「いいや、共通認識としての神はいられるだろう。でもきっと、それぞれの意識の中で、それは決して同一ではなられない。」 なぜそんな話を、が始めたのか、やはりミュウ・ツーにはとんとしれません。しかしそういった、脈絡のない、突然の話題の変化はと会話していれば常のことでしたので、もはや彼はその突飛な思想にも慣れてしまって、ただの口から飛び出してくる言葉を、いつも真正面から受け止めて思考し、返事をかえしていました。その話題は遺伝子のその末端を包む物質から、転化のシステム、果ては膨張する宇宙から、枝毛のメカニズムまで、多岐に渡りました。そうしてきっと、それら一連の会話に意味などないことを、獣は知っていました。それでもとの会話は、不快ではなかったのです。 「君には君の、私には私の、神様がいられる?」 まんまるい大きな眼鏡の向こうで、青い光が何事か囁いています。 「私には神というものがわからない。」 ミュウ・ツーは正直にそう答えました。 「いるのかいないのか、どころではなく、持てるのか持てないのかすら。」 ガラス張りの天井の先は、あまりに明るく見えません。ただ、獣の目には、人間の感知するより多くの光が見えました。赤外線紫外線と呼ばれるようなものが、不思議な光の文様を描きながら真白い空を踊るのを、銀の目は無感動に眺めています。神というものを、自らの中に持てるのか、それが獣にはわかりませんでした。己以外の存在を、信仰し、抱えるという行動に、意義を見いだせるのかという問いは、彼にとっては途方もないものに思えました。 「そもそも神を持っている生物の真理が、私にはわからん。」 言外にお前はどうなのか、とミュウ・ツーはに尋ねました。 はただ、床を見つめていました。 「…私の親は厳格な修道者だった。」 「…、」 「ある日私は神が存在しられないと言う数式を重ねて証明せられた…しかし彼らは、それでもそれはいられると言う。」 金の髪。それはどこか、光の中で寂しい亡霊に似ています。 「ある者は、神はすべてを創ったものだと言われる。 「ある者は神はすべてを裁くものだと言われる。 「ある者は神はすべてを救うものだと言われる。 「ある者は神はすべてを知るものだと言われる。 「ある者は神はあちこちにいて、それぞれが世界のパーツを担う存在だと言われる。 「ある者は神はすべて許す者だと言われる。 「ある者はそれはたったひとりだと、ある者は何人もそれがいると言われる。 「ある者は神はいられると言い、ある者はいられないと言う。ある者は死んだと言われる。 「ある者は神は光であると、ある者は神は言葉であると、ある者は神は命だと、秩序だと、風だと、美だと、いかづちだと言われる。 「ある者は神は父であるといい、ある者は母だという。」 のひとりごとが、白い部屋の床一面に転がってゆくさまが、上を向いたままの獣には、見えるような気がいたしました。それはきっと細い影の糸がもつれたような、形をしているのでしょう。 「神は私をつくるものだと、ある人が私に言われた。」 の声が、だんだん遠くなります。 先ほど打たれた注射が、やっと効いてきたのでしょう。 「それは "神" の名や形をしたものではないと。ただそれを信じ、抱えられるものこそがそのものにとっての神だと。それを私からとれば、私が生きていけないと感じるものだとも言われた。」 顔をあげたの目が、ミュウ・ツーの目を見ます。 「その人は私に、」 青い目が揺れている。それはあるいは、獣の視界が、睡魔によって揺らいでいるためだったろうか? 「科学者に神はないが、科学こそがわたしたちの信奉すべき神であり、信じてはならない悪魔だと言った。」 「…物事には様々な側面があるという教訓?」 もつれる人の形をしたままの舌で、獣がなんとかその優秀な頭脳の弾き出した答えを問いかけます。 「いいや。」 青い目が笑った。 「科学者から科学をとればそれは死に、子から母をとればそれは死に、鳥から空をとればそれは死に、魚から水をとればそれは死に、聖職者から神をとればそれは死に、絵描きから絵筆をとればそれは死ぬ 「…よくわからない。」 心臓が止まれば死ぬと思う。動いていれば生きていると思う。 それはもちろん、当たり前のことだと獣には思われたので、この天才にそのようなことを言った人間の心理を、おもんぱかることができませんでした。どう眠たげな頭を捻っても、やはりのいう "そのひと" の意見は、理解しがたいことに思えました。 「私にもわかられない。」 はほんとうに、くたびれていました。 白い光が、その肌を突き抜けているように、目蓋を閉じる瞬間、獣は思いました。 |
(110221) |