Here is the sometime flower garden. It's just waiting for you.
ここはいつかのおはなばたけ。ただ君をまつ。



10.
(ジ・マジック・スペル・オブ・エスケープ・ザ・ダンジョン。)



 はっと獣が目を開けると、彼は地面に倒れたの上に覆いかぶさっていました。
 仰向けに倒れたまま、白い人間の手が、未だ人間の形を模したままの獣の顔に伸ばされます。ひたりと触れた指先はあたたかく、ぬれていました。白い頬に赤い筋が指のなぞった後を辿ります。
 初めてと言う人間を見たように、ミュウ・ツーは目をまじまじと開いてその美しい顔を茫然と見下ろしていました。
「…ねえ君、」
 が囁きます。
「私と友達になってくれられる?」
 自らの血に濡れた手のひらでミュウ・ツーの頬を撫でて、は笑いました。

「ほんとうはね、私がきみをつくられたんだ。」

 もちろんミュウ・ツーはそんなこと知っていました。
 こそが、彼の神でした。憎むべき支配者であり、愛すべき父と母でした。知っていました。しかしこうしてその言葉をつきつけられて、ミュウ・ツーは気がつきます。
 。彼の神。
 愛すらもかなわないほど、憎んでいました。憎しみすらかなわぬほど、愛していました。
 私の神。
 それはなんという、言葉だったでしょう?
 
「私は友達をつくられたんじゃない。」
 のかすかなわらいごえ。咽喉からヒュうと空気が漏れます。
「ミュウに準ずる    違う、ミュウを超える生物を造られたかった。できあがった君は、パーフェクトが存在だ。しかし。…しかし、私は     、」
 足音が近づいてきます。
 の青い瞳が、なにか語りかけるように、ミュウ・ツーを見ていました。
 は微笑んでいます。
 そのつづきがききたいと、初めてミュウ・ツーは強くつよく思いました。
     、お前の。


「…その続きが聞きたい。」


 その声にが屈託なくわらいました。ここ最近で獣の見た、もっとも晴れやかな笑顔でした。地面に広がった金の髪は、血と土に汚れて、それでもきらきらと輝いていました。

「マスターコード、」
 ピッ、と自らの脳の奥で、何かが稼働する音を、獣は聞きました。

「安全圏へ離脱、のち、シャットダウン。」

 の口が、一言一句間違うことなく、その言葉を紡ぎました。
 それは呪文です。
 神様の呪文です。
「やめろ、」
 獣の視界が今度は白銀に染まります。
 やめろ、やめてくれやめさせてくれとこころが叫ぶのに、その心の違う部分が、勝手に空間を圧縮しようと念じかけています。その強い衝動に、抗うことができません。その一瞬の鬩ぎ合いの中で、獣は愕然としました。自分自身のことなのに、自分の意志で、止めることができない。いいえ、その意志すら、自分の思い通りにならない。
 胸を叩いて、獣は頭を押さえました。
 しかしどうにも、なることではありません。
 いやだ、その続きが聞きたい。その続きが聞きたい。その続きを聞かせろ。聞かせろ。お願いだ、聞かせてほしい       

 軽い絶望でした。
 それを隠すことなく見下ろした銀の瞳には、母が子にするような微笑しました。時すらも止めるような微笑しました。

「おやすみ、よいこ。」

 その空間から弾け飛ぶ瞬間に、その手のひらがもういちど、からかうように頬を撫ぜました。
 わたし、もう、ねむるからね。

          いやだ。



  ・

  ・

  ・


 ミュウ・ツーが一度意識を失い、再び目覚めるまでにどれくらいの時間が経ったのでしょう。
 彼が自然と目を覚まし、目蓋を開けるまでに、どれくらいの時間が?
 ミュウ・ツーが最初に見たのは、すぐ鼻の先に揺れる白い花でした。風に吹かれて、頼りなく揺れていました。同じ動きで、彼の髪も揺れていました。しつこく人型を保っていることに呆れて笑い、それから鼻先の花にわらったところで、彼ははっとして目を覚ましました。
 夕暮れ。
 夕暮れです。
 世界は真っ赤な色に染まり、いつかの花畑は変わらず気持ちのよい風に包まれていました。花が揺れて、彼の髪も揺れます。風が彼の頬を撫でて通り、つられて彼は自らの頬に手を伸ばしました。カサ、と乾いた感触。
 ポロポロと赤黒い瘡蓋が落ちて来ました。
 瘡蓋。
 そう考えて、ミュウ・ツーはこれが自分の血が凝固したものではないことに思い至ります。世界は静かで、梢の鳴る音。。そうだ、は?
        

?」

 獣は自らの声がなんとも頼りなく、か細く転がるのを聞きました。
 次の瞬間には獣の姿は掻き消えて、後には花畑だけが変わらず、しかしどこか悲しげな様子で残るだけでした。



(110224)