Here is the sometime flower garden. It's just waiting for you.
ここはいつかのおはなばたけ。ただ君をまつ。



epilogue.
(いつか遠い遥かな星で。)



 世界は黒く焼け焦げて、滅んでいました。
 そんな世界の真ん中に、美しい花畑がありました。
 小さなその奇跡のような領域には、花と、草と、虫と、鳥と、それから美しい銀の髪をした男と、黒髪の美しい娘が棲んでいました。
 世界にたったふたり、生き残った男と少女は、ちいさくちいさくなってそれでも確かに花のように生きていました。
 不思議なことに、少女が娘になっても、男の見た目はちっとも変化しませんでした。まるで時が止まっているかのようでした。
 実は男は本当は、人間ではなく、獣でした。
 そうして事実、獣ですらなく、彼はこの世界を滅ぼした悲しい怪物でありました。
 娘はそれを知らず、男はそれを告げる機会をずっと図りあぐねていました。

 さてその男には不思議な力がありました。
 男は毎日、花畑に座って、瞑想をします。それはただ目を瞑って、心を無にする動作ではありません。つよく、つよく念じます。命を削るように、その火を余所へ移すように、強く念じるのです。すると不思議なことに、花畑は少しずつ、その領土を赤黒い大地に広げてゆくのでした。
 そうしていつの間にか、花畑には若い樹がやわらかな木陰をつくり、小さな小川が外の大地に流れだすようになっていました。

 ここには美しい水があり、空気があり、花と、樹と、草と、健全なままの大地がありました。

 いつか奪ったものすべてを返し終わったときに     

 そう男は夢を見ています。それはなんとも都合のいい望みで、それでも彼が真実心の底から希っていることでした。都合がいいことも、ばかげていることも、ずうずうしいことも、百も承知でその上で、彼はそう願っていました。
 いつかすべてをかえすことができたら。
 途方のない話でした。
      君は私の友になってくれるだろうか。
 念じ続ける男の邪魔をしないように、そおっと摘んだ木の実を彼の傍に置いて離れていく娘に、彼は心の中語りかけます。
 いつか真実の私を、私の罪をすべて知って、それでも変わらずほほえみかけてくれるだろうか。
 そう考える度に、男は胸を抉られるような孤独と不安に苛まれました。しかしそんな時には必ず、娘の白い手のひらがその額を撫ぜて、それらを拭い去りました。そうして頬笑みかけられるだけで、男はつい、錯覚しそうになるのです。

       わたしをゆるしてくれるだろうか。

   許されなければ、きっと死んでしまうだろうと思いました。きっと許されないと確信しながらも、それでも許されることを願っています。復讐は免罪符にはなりません。彼は彼が奪われた以上に奪い、壊し、そうして同時に多くを失いました。
 そうして彼は、うしないがたいものをえました。そのものからすべてを奪ったあとで、そのもののすべてになりました。
 なんて卑怯で、なんて自分勝手な、なんて、なんて    。言葉にもなりません。
 それでもゆるされたいと、願う心を止めることはできません。
 ゆるしてほしい。
 おまえのともになりたい。
 ひとりはさびしい、かなしい。
 ずっと一緒にいてほしい。
 この世界中を花畑にするのに、いったいどれくらいの時がかかるでしょう。
 それでもかまわないと、獣であった男は思いました。
 どうか。
 いつか。
 ゆるしてほしい、わたしがなにもみなくなるまえに。
 この世界すべてをはなばたけにして、その花をぜんぶ、おまえにやる。
 だから。
 だから?
 噫、そうじゃない。

「…      、」

 あいしていると掠れた咽喉がそれだけ呟きました。
 誰かがそれにやさしくわらって、しっているよ、と囁く。
 噫、よかった     
 ずっと、いっしょだ。
 獣は心の底から安堵してそして         





 広い宇宙の隅っこに、小さな青い星があります。
 星には花が咲き乱れ、小川からは滾滾と清らかな水が湧き、丘は緑、木々は明るく空に背伸びをし、湖は空をうつして誰かの瞳のように真っ青。
 誰かの優しい囁きに似た、気持ちのよい風が吹く、今はもう誰もいない星があります。
 その星の名前を、と言いました。
 そこにはさびしい誰かが棲むのを待っている、小さな優しいはなばたけがあります。
 その花の上を吹きわたる、優しい風があります。



(110224)