温室に棲むのは人に非ず。 底に棲むのは美しい怪し、音の無い歌うたうもの。 |
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町外れにある温室にはおばけが出る。 そんな噂が囁かれるようになり、もう随分と経つ。随分って言ったって、いったいどれくらいかと言うと、小さな子供が大人になって、町を出て行ってしまうくらいにはもう随分。 南の町外れ、そこにはおばけの住む温室がある。 年がら年中狂ったように咲く、とりどりの花の中花の中、一等咲き乱れるのはバラだ。 朽ちかけた邸の、ガラスの箱庭のような。 温室の幽霊。 銀の薔薇金の薔薇。 すべては手折ることの叶わない幻。 ねえ、聞いてよエプシロンたら! ちょうどその町の南、外れの外れもいいところ。キャベツ畑のお隣には、孤児院がある。機械(ロボッツ)の男(マン)が、孤児達を養っている、なんとも風変わりな場所だった。 最近になって、子供たちがその幽霊に夢中だものだから、いささか彼は困り果てていた。 ご近所の彼ら以上に町外れ、そもそも誰も住んでいないはずの、半分朽ちかけたイギリス風の邸。その庭の中に、その温室はあるのだけれど、前々からおばけが出る幽霊が出るという噂があった。彼だってそれは聞いたことがあったし、知ってもいた。少しばかり、気になってもいたのだ。 「ほんとよおばけが出るの!私見たんだもの真っ黒で影の塊みたいだったのよ!」 確かにその温室は奇妙だった。邸の庭はとっくに朽ちているというのに、温室はいつも光と花に満ち、そう、生きているように見えた。 けれど、邸は私有地扱いだし、少しばかり磁場が不安定だ。自ら進んで中に入ろうとは思わなかった。 そうして季節は過ぎて、幾度か春が来て、冬が来た。 そしてその間も、その温室は完全に密封されていた。冬のさなかも真っ白な光を集めてひっそりと忘れられ、それでも生きていた。ひそひそした噂話をまとって。花は生き生きと、春しか知らぬよう。さながら常世の楽園のよう。 興味を持つことは当り前のように必然だった。 調べてみよう、と彼は思った。ほんの少しだけ。外から様子を窺うだけ、と礼節を重んじる彼が、そう思うのも無理はないこと。その高性能の目玉を、レーダーを持ってすれば、すべての秘密を覆い隠すヴェールのような蔦も木々も、ないに等しいのだった。 少しばかり、後ろめたいよう心地で目を凝らす。 その温室の中にはひとつ反応があった。 生体反応はない。 作業用の、一般普及型とは違う、やや旧式の、しかし個性的な機械反応。オリジナルの反応だ。量産型ではない。この世に一体の。彼と同じ。オリジナルタイプのロボットがいる。稼動している。 それはなぜだろうか、あたたかい心臓を持たないエプシロンという、ロボットを強く、とても強くひきつけたのだった。 主人の死を知らず、動き続けた機械たちを、彼は知っていた。それらの類だろうかと思われた。 それは、あまりに、悲しいことだ。たとえ一般に、心持たぬといわれる機械であっても。 だからこそなのかもしれない。 それはとても、悲しい。 |
彼らは知っていたのだ。その悲しみも、皆。 |