「…なぁ」
ビルの声はわずかに震えている。 私の手を握る手のひらも、まるで凍えているようだった。
「日本に帰ってしまうの?」
吐き出されたことばは、やっぱり凍えていて、白く見えるような気すらする。
帰る、そのことばは氷よりもずっと冷たくて、私とビルの心臓を凍らせるのだ。
「わからないの。」
少し、恐ろしくなって、私は正直に答えた。
「帰るの?」
ビルの手の力が、僅かに強くなる。
帰るって言ったらどうするの? でかかった言葉は呑み込んでしまおう。そうか、って泣き出しそうな顔でほほえんで手を放す、君は想像に難しくない。
だから、私は黙ってビルを見た。
どうして欲しい?という優しいビルには酷過ぎる質問も、ついでに押し殺す。
見上げたビルは、緑の目の芯まで、凍えかけているようにみえた。
「帰るの?」
もう一度ビルが尋ねた。 カタカタと歯が鳴る音が、私にすら聞こえる。 本当に、君は。
(それでも私は残酷だ。)(この残酷さは、どこから来たのだ?生まれたときは、私、もっときっとやさしかったのに。)(雪の女王のお話?あの氷に閉ざされた冷たい話。あの話がすきだったから?)(ああでも私が本当にあのお話で
一等好きな場面は、)
「親は帰れと言うけれど」
私は自分のことばがいじわるだということを認めなくてはならない。 ビルの動きが目に見えて静止した。
目を細め、震えはもう止まって、しんとしずかだ。 ただ握られた手が痛い。
ビルはなにも言わない。
「…ビル?」 (そうか、なら帰った方がいいな)
なんだって私の声が震えているんだ? ひどく寒い。 凍えてしまいそうだ。
これじゃあさっきと逆じゃないか。 指先が震えている。
ビルは微動だにしない。
「ビル、」
なんだってこんな頼りないこえ「帰らないでいなくならないでどこにもいかないで」
ビルはそう言いながらぎゅっとだきついてきた。 ひどく苦しい。 背骨が軋む。
(噫でもこのまま押し潰されたって構わないんだ。)
ただ心臓だけがひどく熱く脈打っていた。
今にも破裂するかもしれない。
恋なんてそんな甘ったるいものではない。愛だなんてそんなゆるやかなものではない。焦燥にも似た早鐘で、心臓が鳴り続けている。ただ、不安なのだ。私たちはあまりに幼く不安定でお互いのいない日常を知らない。このまま内からぱちんと破裂するのではないかとすら思われて、酷くくるしくなった。
喉はからからで私は言葉もでない。
吐いた息はひび割れるくらいに冷たい。 それほどに凍えている。
「いかないで」
そしてビルもまた小さく震えていた。 ビルは私にしか聞こえない声でいつもよりずっと早口に平坦に言葉を連ねていく。
泣き出しそうな時の君の癖だ。 よく知っているよ。(ずっと一緒だったもの。)
たくさんの言葉に、私は少し、恐ろしくなる。
「、。」
ビルがそう呼んで、少し体を離したので、私は顔をのろのろとあげた。
ビルの目はやっぱり泣き出しそうだ。 緑の光がてらてらと揺れている。
「いつまでもいっしょにいようよ。」
困ったように眉を下げて、ビルが囁く。 不安で堪らないと言ったふうに。
なんだか後ろめたい相談をしているような、そんな声音だった。
「本当にそう思う?」
やっと私の口から出たのはそんな囁き声だけだ。それだけで精一杯。
言ったとたん、涙がこぼれ落ちた。
ビルはそれに、やっと安心したようにほほ笑むと、私をだきしめる腕をほどいて、また手を握った。
ビルの手が、ほんの少し、春をとりもどしている。
「本当の本当に。(そう思うよ。)」
ビルはすっかり落ち着いて、なんだか、この世の人ではないみたい。 穏やかにほほえんでいる。
私はビルの大きな手のひらに包まれた私の手と、ビルのほほ笑む口端とを交互に眺めて、そして、
私はほほ笑んだのだと思う。 ビルがうれしそうに笑ったから。
そうして、私たちは凍えていたのも忘れて、手を握り合ってずっとほほえんでいる。
ビルが時折、私の目蓋に、頬に、口端に、指先に、手のひらの真ん中にくちづける。
私たちはずっとお互いを見つめてほほえんでいる。 物語の結末とおんなじように。
「ずっと?」
私が尋ねる。
「ずっと。」
ビルがはにかむように答えて口端にくちづけをした。
囁きは僅かに花の匂いがした。
かわいい年月を君と暮らせたら (同じ夢を見ている)
20070326/(なさけなくってこどもじみたプロポーズが書きたかったの!)(ぎゃあってか古いんだけどはずかしいなこれ!)(雪の女王の結末が本当に大好き。)(緑の幼子イ
エス!えいえんにこどもであるふたりはいつまでもてをにぎりほほえみあっていました。)
|