かいぶつたちのいるところへの行き方を教えようか?
一年と一日、北へ北へ吹雪の中を抜けてゆくと――古い古いお城が見える。そこには魔法使いと魔女との子供が住んでいて、かいぶつたちはそこに潜んでいる。道しるべは白い月。真昼に浮かぶあの呪われた神様の化石。それだけ目指して進んでご覧。そこがかいぶつたちのいるところ。
かいぶつたちは待っている。
静かに静かに小さくなって、息を潜めて待っている。待っているよ―――なにを?君を。君を。
男はうっすら笑った。男の真ん前の廊下を子供の群がわあわあ楽しげな声を上げて通りすぎてゆく。彼はその波が行き過ぎるのを待った。
昔では思いもよらないことを彼はもう知っていた。
あの子も、この子も、怪物だ。あそこですこぉしおどおどしてる子。中心になって笑い声をあげてる子、後ろを静かにうっすら微笑みひとりでゆく子。
あの頃たったはとり自分だけだと思っていた怪物は、こんなにもいる。ひょっとしたら自分の時代にも、この城にはたくさんの怪物や人外の者たちが、紛れていたに違いなかった。
子供たちが行き過ぎて、残ったのは静寂。明るい日向がしんと静まり返って、あとには少しのこった子供たちの笑いさざめく声。それもすぐに風に紛れて霞みがかかる。
優しい日向だ。明るい緑が目に染みる。金色の日差しだ。日向は春の匂い。空には月が、白い化石のように浮かんでいる。目を細めて見上げた先を、ふっと銀色が掠めた。
男は静かな微笑を浮かべると目を落とす。鮮やかな緑、緑、緑だ。目を瞑っても浮かんでくるよ、まるで覚めない夢の中。草は青く森は緑、水色の空には白い月が出る。
「月は欠けている。」
歌い囁くような声音だ。男は目を瞑ったまま、ああ、と答えた。
「そしてまたすぐ満ちるよ。」
もう一度、男は、ああ、と答える。渡り廊下の屋根の上で、長い長い銀の髪を風に晒して、女が腰を下ろして山の向こうを見ている。
「怪物がうようよいるな。なのに我々もまた、隠れ忍ぶ日々だ。」
なぜだろうか、そう続いた言葉は、満月の夜とは違ってすこし頼りなく響く。満月の晩の姿こそ、彼らにとってはいっしゅの絶対であったのだ。恐れるものなど何もないよ、あの時だけ、夢からは覚めている。
遠くで始業の鐘が鳴った。水にもぐるように、ざわめきは城の中へ沈んでゆく。風に梢のなる音すら拾えた。
「みんなみんなかわいらしいね。」
ぽつりと女はそう言った。
「…そうだね」
男は頷く。
「みんなみんな怪物ならどんなにかすてきなのにね。」
「…そう思うかい?」
やっと見上げると、女はやはり太陽の逆行で、銀色に輪郭をきらめかせていた。表情は見えないが、きっと頼りない笑みを浮かべている。男はふと、その手を受け止めるように女に差し伸べたいような気がした。しかしそれも、常世の夢だろう、ほら、すぐに日向に溶けて消えてしまう。水面の泡よりなんて儚い。夢だ。
「あの子たちみんな好きだろう?」
「…そうだね。」
夢の中の子供達。怪物がまぎれているのに気づきもしないで。
日向の金色をまぶした光の粒子を振りまいて笑って笑って笑って。いとおしいよ、こどもたち。
「みんなみんな食べてしまいたいくらい。そうしたらみんな同類だよ、ずっと側にいる。」
「………そうだね」
囁くように、ついに男は肯いた。風が二人の間をゆきすぎる。
男はもう一度、女に目を向けた。まぶしくって目を細めながらだから、すこし泣き出しそうに見えたかもしれない。しかしそれも、そうだ怪物の見る夢だよ、お腹をすかせて見る夢だ。満月には空腹に耐えられなくって起き出すよ、それがこの世のすべて。
「でもなぜはそうしないんだい?」
「…さあ、なぜだろうか。」
女の言葉もひとりごと。なんだかすこし寂しい響きを帯びて、ふたりのひとりごとは日向に消えた。
「ずっといっしょにいてくれる?」
所詮は夢なんだよ、リーマス。
|