君が泣くと本当に私は嬉しい、と向かいで肘をついて手に顎を乗せながら、本当にしみじみした様子でがポツリ、呟くので、リーマスは紅茶を入れる手を思わず停めて、椅子ごとすこし後退った。良い天気の午後で、窓際の穏やかな光が刺すテーブルに、二人は向かい合って三時のお茶と決め込んでいたのだった。だのにいきなり、のその一言だから色々と台無しな気がする。レースのカーテンに蜜色の日光、紅茶の匂い。ゆったりと室内を包み込むこの優しい空気だ。なのにのその台詞のせいで、貯めていた小遣いを少し奮発した上等な茶葉も、台無しな気がする。いや、むしろ台無しである。
「…は?」
極力その自分の、台無し、で、残念、というより、理解不能、という感じが前面に出るようにリーマスは言った。時々突然そういう奇妙尚且つ一般世間の常識から斜め45度に向かってぶっ飛んだことを言い出す、彼とは少しばかり歳の近い伯母の言動に、血縁ゆえに少しは人より慣れているリーマスとはいっても、やはり度々こうしてびっくりさせられることがある。おまけに今回は、君が泣くと嬉しいときたもんだ。
びっくり通り越してギクリ、むしろドン引きである。いったい何か、おかしな趣味にでも目覚めたのだろうか、とリーマスが半分腰を浮かせたままを見やる。全面に不信感を表したためだろう。ニヤ、と口端を持ち上げる独特の笑い方をして、彼女はヒラヒラと手を振った。
「安心したまえ、リーマス少年。」
それにリーマスは、おずおずと浮かせていた腰を下ろす。しかし若干、テーブルとの距離はとったままである。
「別に私は、サディストの才能に目覚めたわけじゃない。」
人の考えを勝手に読むのも彼女の癖だ。別に読心術を使うわけではない。本人曰くなんとなくわかる、ということだそうだが、的中率が非常に高いので慣れない人間はさぞやギョッとさせられることだろう。の言葉ではなく、卓上のチョコレートケーキにつられて、ゆっくりと椅子をテーブルの傍に近づける甥っ子を、は目を細くして眺めながら紅茶をひとくち啜った。その彼女の顔の半分に明るい日光が落ち、部屋全体の空気もやわらかく光って見える。セピアの部屋の中、髪の色と華奢な顔の作りがよく似た姉弟のようなふたりがひとつのテーブルとケーキを挟んで座る。ケーキは彼女がつくって、紅茶は彼が煎れた。白いカップが二人のまえに並んでいて、湯気が立っている。窓の桟にはガラスのコップ、黄色いガーベラが一輪。絵に描いたような穏やかな午後には、どうひねっても先ほどの問題発言が出てくる要素が見当たらない。
「ただ君のおばちゃんはね、」
自分がおばちゃんと呼んだらひどく怒るくせに。心でそう思いつつも、八つほど歳の離れた伯母の言葉に、リーマスは黙ってケーキを口に運んだ。の作るチョコケーキは、彼には少しばかりほろ苦い。君の好みに合わせたらチョコ味のケーキではなく砂糖味のチョコ風味ケーキになるから嫌なんだ、とはの談である。それにしたって、やはり彼女のケーキは大概にして彼には物足りないものがある。それでも出されると嬉しく思い、甘くないと時折不平を漏らしながらもけっきょくペロリと平らげてしまうのはなぜだろう。彼のためにワンホール焼かれたそれは、もはや半分も残っていない。「人の話を聞きなさい。」などと慣れたように言いながら、彼の皿の上のものがなくなりそうなのをチラリと確認して、彼女はまひときれ、白い皿に乗せてやる。それを少し憮然としたような表情で見やりながら、リーマスが小さく呟く。
「…ねえ。、また甘くないよ。」
「わざとだよ。いらないの?」
「…いるけどさ。」
どっちだよ、とやはり慣れているのではただ笑った。両親の前と学校じゃ、えらく物分りのいい優等生しているが、この少年は彼女の前ではときおりこうして天邪鬼だ。よそわれたケーキに少しそわそわしながら、なんでもないという顔をして、それでもワクワクとフォークを入れる少年に、彼女はこっそり微笑む。同じ髪の色。彼女には歳の離れた姉の、大事な一人息子、私のたった一人の甥っ子。の目玉が、なにか優しく囁く。リーマスはなにも知らずに、甘くない、と小さくひとりごちながらそれでもフォークを運ぶ手は止めなかった。見られていることに気がついたのか、リーマスがふと顔を上げる。ひどく穏やかな、そうだな、今日の日差しのような顔していると目が合って、リーマスはどうにも手持ち無沙汰な感じがしてしまって参る。それにもふふ、と笑ってが言う。
「私の作るケーキは甘くないし、君は甘いのが好きだ。でもケーキを甘くしてやるつもりはない。君はもう少し太る必要性があるが糖分の摂取は過剰を極めてる。不健康だな。大変不健康だ。秘密は誰かと共有して初めて秘密になるんだし、重荷は重荷でしかない。誰にも知られずに泣きたいときは私の胸を5ガリオンで貸してやろう。あと笑いたいときは勝手に笑いなさい。」
「は?」
相変わらず彼女の話は脈絡だとか起承転結ってものがない。
「だから君が素直だとうれしいって話だよ。」
一瞬リーマスは何の話だろうと思った。一拍置いて、先ほどの話の続きだと悟った彼は、静かに黙って俯くとまたもくもくとケーキを口に運んだ。少し耳が赤い。の目の前のカップからは湯気が昇っていて、彼女は頬杖ついて窓の外を眺めながら、少し鼻歌を歌っている。
|