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 その日から二人は自然一緒にいるようになった。
「おい、いったいいつの間に告白したんだ。」
 なんてシリウスでもニヤリと小さく口端を持ち上げて尋ねるくらいだったから仕方がない。ジェームズがしつこいほど羨ましがってその度彼を呆れさせた。猛烈な彼のアタックについ忘れがちであるが、つい最近、自らの性格を改めるようになって初めて、ジェームズはリリーと言葉を交わし、挨拶をできるようになったばかりなのだ。
 しかし親しみのこもったからかいや嫉妬は、じきに見られなくなるもので、この事例の場合それが顕著だった。それほど二人が一緒にいることは、当たり前に受け取られていた。
 そうしてグリフィンドールの騒々しい四人組とリリーと。今まで常に見られたその組み合わせからごくごく自然に、かつ穏やかに二人が乖離する機会が増えた。誰もが二人は付き合い始めたのだと思った。それほど二人が一緒にいることが無理なく自然なことに見えたのだろう。敢えて尋ねるまでもないと思っている者の方が多かったに違いない。しかし面と向かって訊ねられると、二人は苦笑して首を横に振るしかなかった。

 実際少年は、ただの前で泣いただけだった。何も喋らず、訊かれず、話さなかった。ただそれだけ。
 それだけ。
 しかしたしかにあの涙は、二人の間にあった境界を曖昧に溶かしたには違いなかった。
 今までリーマスもも、お互いが秘密を抱えることに気づきながらそれに触れなかった。知らないふり、気づかないふりをした。触れることで自らの秘密に触れられることを懼れ、互いの負荷になることを厭ったからだった。
 今までも今も、二人は共犯者だった。
 その日偶然に、リーマスはその涙をに見つけられた。それでも頑なに、彼は秘密を守った。は彼を抱きしめはしたが、秘密を訊ねなかった。
 つめたい、と誰かは言うかしら。利己的だねと誰かが嘲うかしら。自分を曝け出すことはそんなにも恐ろしいかい。秘密を晒すことで、相手が逃げるのではないかと疑うほど、その人のことを信じられないのかい。解り合いたい、分かってほしい、わかちあいたいと、思うことはないのかい、と。
 けれど知らせない、知りたがらない、を選んだ彼らは、ある意味でとても、勇敢であり強かったのだ。秘密を抱えることは、簡単なことではない。心許した相手に口を閉ざすことは難しい。ましてやその秘密が、本音は聞いて欲しいものであるならなおさらのこと。知りたがらないこともおそらくそれ以上に難しい。人間は知りたがる生き物だ、知ることで他人を他の事物を所有しようとする。好意であれ悪意であれ、無関心とは違う興味を持つ人間のことを、知らずに済ませることは難しい。好きな相手であるならなおさら、すべて知りたい、知らせて欲しいと思う。それだってエゴだ。
 その本能に逆らって口を閉ざすのには相当のエネルギーを要する。曝け出すことは、それまでの決心とその時の勇気さえあれば、後は簡単なことなのだ。瞬発力のいることではあるだろう、秘密を抱えることは持久力が試される。秘密を抱えることは孤独になることだ、それでも誰かを信じ、あいすることは難しい。
 けれども二人は黙った。
 ただリーマスの涙とがそれを黙って受け入れたことが、ふたりをひとつにしてしまっていた。秘密を抱えていることを知ってくれている、それでもなにも訊かずに、それでもきっといつまでも、黙って傍にいてくれる―――。共犯であることを、二人は改めて互いに認識し合った。沈黙のうちに、それを宣言し、了承しあった。
 それが自然と、今まで以上に親密で打ち解けた空気を二人の間に作った。なにも知らない人間が、それを恋愛感情あってのことだろうと思いこむのも、無理ないことだった。
 二人は何よりも得難い共犯者である理解者を得た。そしておそらく永遠に、互いに抱いた好意を打ち明ける機会を失ったのだ。

 二人はあまりに穏やかな円を構成していた。少年のくすんだ金の髪と、少女のやわらかい茶色の髪と、金の目と茶の目、微笑みと微笑み。二人は満ち足りていた。孤独でありながら、それとは無縁のところにいた。をちに散らばる星々のように、二人は離れていると同時にひとところに在った。
 相反する真実は、時に共存する。

 夕食の後も、がするりといなくなることが段々となくなっていた。
 彼は"魔法使い"のことが気にならないではなかったが、やはり尋ねることはなかった。少年の見えざる手が、少女をこの世に引き止めるようだった。二人は実際、手なんてほとんど繋がなかった。付き合っているわけではないのだし、どこか違う、精神の部分でおそらく繋がっていたからだ。彼の手は少女を確かにこの世に、この学校と言う彼らの小さな箱庭の世界につなぎとめていた。
 それでも少女からはあの白い花の香りがした。
 一時痩せて青ざめた少女は、再びその頬に血の気を取り戻したように見えた。彼女の笑い声は明るく、天使のものに似ていた。それでも図書室に佇んで張り出し窓を見上げる彼女は、やはり透き通って儚かった。
 少女の呑み込む薬の量は、少女の透明な美しさ、健やかさがますにつれて増えた。石造りの城に落ちる日光は、冷たく少女の輪郭を照らした。
 リーマスはその手首の色が透けるようになってきたことに、時折不安を覚えずにはいられない。それでももはや、尋ねることはできなかった。完全に結合してしまった世界に生きるようになった彼らには、もはや手遅れだった。二人は無言の内にも、互いに共犯者であると、宣言しあってしまったのだから。
 だからこそ少年は、より優しくあることに努めた。そうでなくても優しさを持っている彼は、その成長に併せてますますやわらかなセピアの色になった。
 二人は自分たちが二人でいる光景が、どんなにか美しく二人だけで完結しきってしまっているかを知らない。

 少女の心臓は、コトリコトリと不規則に時を刻む。



(110503)