「リーマス。君ってば一体どんな心境の変化だい?」
窓枠に腰掛けて空の向こうに目をやったまま、ふとひとりごとのようにジェームズが囁いた。そのよく通る声は大したボリュームもないくせに部屋にいた4人全員に届いた。
シリウスは無関心な風のまま、ナイトの駒を進める。チェスボードを挟んだ向かいで同じように地べたに座り込んでいるピーターは、びくりと目をジェームズからリーマスへ動かした。シリウスはそれに静かに目だけで静止を唱える。
本から顔を上げて、のんびりとベッドに腰掛けていたリーマスはうっすらと微笑を浮かべた。
「なんのことだい?」
奉教者のようなひどく穏やかで秘密めいた微笑だ。
それにジェームズが、くつりと咽の奥で低く笑うと青から目をはずし、つ、とリーマスの鳶色の目を見た。その目の黒は賢者の色だ、とても凪いでいる。その目の黒は詮索者の黒、ざわざわ愉快気に、見ようによっては不躾で礼儀知らずだ、いやぁなさざめきをたてている。
「なんのこと?とぼけないでくれよ、みんなその話題で持ちきりだよ?」
あははとわざとらしい身振りで、彼が笑う。眼鏡の向こうの切れ長の目は、ご覧、とても賢げで横暴な笑みの形。リーマスはそれにっこりと微笑みかえした。
「みんな?」
首を傾げた拍子にふぅわりと彼のくすんだ金の髪がゆれた。その顔を真一文字にうっすらと裂いた傷跡を差し引いたって、彼は美しい子供だった。
「みんなってみんなさ。僕と、シリウスと、ピーターと、グリフィンドール2年生の皆さんは少なくとも気にしてるね。残念なことに僕のエヴァンスもさ!
あとは上級生の君のファンとか、あとは1年生とね。」
「…それだけかい?」
「十分だと思うけれど!」
ワオ!と両腕を広げて笑いながら、ジェームズは窓枠から室内へ着地した。黒いくせっ毛が揺れる。その至極楽しげな表情は、シリウスの俺の名前を出すなという軽い抗議の視線をきれいに無視した。
「大層な噂になってるよ、君が入学したてのいたいけな新入生に手を出したって。まあ僕にはそうは見えないけど?」
ニヤリといういやぁな笑み。見ようによっては思慮深い。
「僕が気になるのはね、まったく人を寄せ付けない君がなんだってあの子に無条件でしかも一瞬で懐いてしまったのかってことさ。彼女は君のヴィーラかな?」
は、は、は、とリーマスがわざとらしく笑った。その目は見開かれていて笑ってなどいず狂気じみてすらいる。
焦げたような金色がぎらつくようにも思われた。
「別になんでもないよ。彼女とは学校に入る前からの知り合いでね。」
一言一言、区切るような物言いは言外に告げている。それは警告ではない。勧告だ。それ以上踏み込んでみろ。(さあどうなるのか。)
「知り合いねぇ?」
「そうだよ。」
ゾクリと背筋が泡立つような気配にもジェームズは動じない。
シリウスはただ淡々と表情を消したまま駒を進める。決して振り返らない。今ジェームズの目もリーマスの目も見てはならないと本能が悟っている。きっと心の臓まで冷えるだろうから。ピーターはただチェスボードの盤上に目を落とすばかりだ。小刻みに震えている。
ああ恐ろしい、恐ろしい。
「もうこの半年で3人目だよ、リーマス。」
「!」
「君ったら以外と情熱的なんだねリーマス?」
ああその目その目だその目だその黒い目玉!
それに対して金目がこれ以上なく見開かれ、射抜くように刺し貫くように凝視している。
何人たりともふれるなふれるな触れるな触れるな触れるな!!!
ごくごく小さな声だ。果たしてシリウスとピーターに届いていたのかいなかったのか。ただぴんと部屋の中は静かだ。
「彼女に触れるな。」
「君異常だよ。」
クックと至極愉快気にジェームズが笑う。
「君があの子にちょっかい出すやつ片っ端から片付けて回ってるってだけで面白いのに。」
その目、いいね、ゾクゾクするな。ジェームズの口端がつり上がる。
「興味あるな。とても。…とてもね。」 |