「おまじないですって?」 と、そうリリーが形のよい眉を顰めて、それに私は 「変かなぁ。」 と素直に首を傾げた。魔女が"おまじない"なんて変かしら、というと、そうよ、と当然のようにきっぱりとした返事が返ってくる。 「魔法でも呪文でもなくて、おまじない、だなんて、ただの迷信じゃぁないの。」 「そうかなぁ。」 「そうよ。科学的でも魔法学的でもないわ。」 それはそうだけど、と唇を尖らせると、リリーは呆れたように肩を竦める。まったくもって、彼女は生まれついての才女なので、時々こうして、ぼんやり聞こえる私の突飛な考え方に、理解を示してもらえない。 「流れ星が消えるまでに三回お願い事を言うと叶う、とか。」 「流れ星を捕まえたら火の精霊と契約するチャンスがある、ってことだけね。落っこちてくる星に人のお願いを聞いてる余裕なんてないの、知ってるでしょう?」 「そうだけど、マグルの世界ではそう言うじゃない。」 「そうね、私だってマグルの生まれよ。知ってるわ。でも今は、ここで勉強をして、もっとたくさんのこと、知ってるわ。」 「……そうね、それって…とってもすてき。」 さっと肩を竦めてリリーは豊かな赤毛を一振りすると前へ向き直った。私のおしゃべりに付き合っていたら、いつまで経っても図書室につきやしない、ということだ。その後ろを歩きながら、けれども私は諦めない。 「枕の下に写真を入れて眠ると夢にその人が出てくる、とか。」 「夢見薬を煎じた方がよっぽど確立が高いわよ。」 「雨の日に新しい靴を下ろしたらダメとか。」 「当たり前よ、新品をすぐ汚してどうするの。」 「紅茶にお月様を浮かべて飲むと、」 「願いが叶うって言うんでしょう。」 ことごとく撃沈だ。さすがにちょっとへこむなぁ、と肩をすぼめて重たい教科書を抱えなおす。ああ、どうしてテストなんてあるのかなぁ。ため息を吐いたら幸せが逃げる。ああ、これも"迷信"かしら。 ダメでもともと、「にちようびのばらを、」 と呟くと、リリーがぱっとこちらを振り返った。 「なんですって?」 「だから、日曜日のばらをね、」 目をまんまるにして、足を止めているあたり、どうやら聞いたことがないらしい。 「ええと、浅い春にね、朝早く、誰にも知られずに日曜日のばらを摘むのよ。誰かのこと、考えながらね。」 「それで?」 「そのばらをね、誰にも知られないように、その誰かの枕元に届けるのよ。そうすると、」 「そうすると?」 リリーの緑の目は相変わらずまっすぐ私を見つめていて、なんだかすこし、恥ずかしくなってきた。自分が迷信を信じている、子供のように思えてきたのだ。 「いや、やっぱりいや。やめとこう。」 「今さらそんなこと言わないの!」 「……あかいばらならそのひとの愛が叶うの。」 「あかいばらなら?」 「そう。白いばらならそのひとの夢が叶うの。」 リリーはじっと黙っている。 「きいろいばらなら、」 「きいろいばらなら?」 そうっとそのささやき声は、まるで背中を押すようだった。 「その人のしあわせがかなうのよ。」 そう、とリリーはささやいた。そう。 「自分の望みは叶わないの?」 「だってこれは、」 なぜだか恥ずかしくて口ごもる。 「ないしょのおまじないだから。」 「…誰にも知られちゃいけないの?」 「もちろん。」 「なぜそのおまじないをするの?」 赤いばらを置かれた誰かさんが、あなたじゃない人と結ばれるかもしれないのに? 「そうね…そうよ。」 思わずなみだがぼろりとこぼれた。 「ああ、、、」 「でも見てられないのよ、」 「そうね、…そうね。」 「みてられない、」 「ええ。」 リリーがそっと、お母さんのするように私の頭を抱きしめてなぜた。花のにおいがした。もしも私がこの友人のように、賢く、強く、美しかったなら。ばらを摘まなくてもよかっただろうか。ただきみをすきだとつげて、それをなんどもなんどもくりかえして、そうすればかなったろうか。リーマス、きみのかかえている、ひみつをしってる。そうつげて、そして、どうすればいい?見るなときみがいう。言うなときみがいう。いてはならない。そんざいしてはならない。 わたしはくるしい。 次の朝、眠ったのはあんなに遅かったくせに、なぜだか早く目が覚めて、庭で早咲きの黄色いばらを摘んだた。まぁるいばらは少し濡れて、光の鞠のように見えた。春の陽射しはあたたかく、朝の光は白くて寂しい。そよ、と風がぬけてとおる。花がゆれる。すこしかなしくて、そしてきれいだ。 日曜日の朝、城はまだしんと静まり返って、息を潜めている。 細いばらの茎を知らず知らず、祈るように握って、私はあの男の子の窓辺に、これをそっと置こうと考えていた。これを最後にしようと思って、そうして目をつむっている。きみのことを考えている。たっぷり眠ってお腹が空いたら目が覚めて、カーテンをひいたとき、もうすっかり明るい光に目を細めながら彼は、この黄色いまぁるいばらを見つけるだろう。まだ誰もかもが眠っていて、このことを知っているのは楡の木に止まっていた白い鳩と春風と私だけ。 どうぞひみつにしてほしい。 まだ早い朝、誰かのためににちようびの朝、まだ若いばら、摘んだこと。 (にちようびのばら) |
(20140313) 2013年3月10日のお題『春風の上澄み』 |