「リドル。リドル。どうしてこのままではいられないの?」
その人はとてもかなしそうにほほえんだ。
さがっためじりが、かすかにあきらめをふくんでいるのがわかる。
その人がかなしむのは、とても本意ではないことだ。ぼくにとっても、多分彼にとっても。
そこまで考えて、リドルは小さく顔を下げる。だって仕方のないことなのだ。このままではいられない。トム・リドルは、やがて、ヴォルデモートの中に埋没し、消えてしまうのが運命なのだろう。ただ幸いなことは、卿自身も彼女を大切にするだろうということだ。彼女だけは傷つけまい。それだけは確かだった。
だから。
リドルは少し笑う。彼にはもはや小さな問題だった。彼女が笑うとか、泣くとか。そんなこと。
大切なのは、彼女が生きて、生きて隣にいることだ。それだけ。それだけを願っている。
「…このままではいられないよ。」
だからリドルはそれだけ言った。彼女の眉がますます悲しげに下がる。
「人間は変わらずにはいられない。」
その言葉に彼女はただただ首を振った。ほろほろと涙が両方の目玉からこぼれて、リドルは噫泣かせてしまった、とどこか他人事のように思う。
「あなたは人じゃないものになってしまう。」
嗚咽交じりに彼女はそれだけ搾り出した。
その通りで、リドルは苦笑する。
その通りだ。彼は呑まれる。自らの憎悪と狂気とが生み出した影に。そうして彼はいなくなり、彼の人が残る。ヴォルデモート。悲しみの王。負けることも屈することも、そして悲しむことすらもない。
それは多分、彼自身が望んだ結末だったのだ。
悲しみも苦しみも、知らない生き物になりたかった。
冷酷で残忍な、自分だけの王国の王に。
そのためには彼は死ななきゃならなかったのだ。なぜって彼は強くも残酷でもなかったのだから。
「そうだね。」
同意を示すその頷きはあまりに優しかった。彼女がはっとして顔を上げる。その涙。美しい涙だ、他人のために流すことのできるもの。おそらく彼が死んだ後も。
(ずっとずっと僕だけのためのものであれば、)
どんなにかいいだろう。それだけを願えばよかったのだろうか?
答えは誰も知るはずなんてなかった。神様だって、わかれはしないのだ。決して。
「多分僕はきっと、」
赤い目がゆっくりと微笑む。
「ずっと人間を止めたかったんだよ、。」
噫、と真っ青なため息を吐き出して彼女が顔を覆う。
あばよ、下らない66億の人間共。それ以下に僕は落つ。
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