死
に
ぞ
こ
な
い
の
た
め
の
セ
ェ
ニ
ョ「…やあ。」
そう言って無表情のまま片手をあげた男に少女は憮然とした顔をつくった。彼女は椅子の上でえらそうに足を組んで鷹揚に頬杖をつき、いかにも退屈そうだった。
「やあまた来たね。」
うんざりしたように少女が言う。
「何度目だったっけね、トム・リドル?」
それに男は少しうれしそうに目を丸くした。
「おや君やっと僕の名前を覚えたね?」
サラだとかとんまだとかリデラだとかリトルだとか黒だとかリデルだとか太郎丸だとかおしいような滅茶苦茶なような、散々だったじゃない。と、今まで呼び間違えられた名前で覚えがあるものをつらつらと男はあげてゆく。
そいつをはん、と鼻で笑って「過ぎたこたぁ気にすんなよ。」って少女はえらそうに言った。
彼女はいつでも絶対的な強者でありながら暇を持て余し憮然として退屈しているようだった。しかめっつらがしみついてしまっているらしい。むすっとした顔がよく似合う。
もう随分長いこと退屈しているのだろう、きっと。
「まったくそう何回も死なれちゃあ嫌でも覚えるってもんさ。ここまで回を重ねられるともはや呆れを通り越していっそ尊敬の念すら覚えるね。」
あからさまな皮肉にも男はにっこりと美しい口端を持ち上げただけだった。それに少女は若干落胆の色を見せる。
「あああ。初めて来た時はかわいかったのに。
ここはどこ?僕はどうなっちゃったの?って。」
めそめそと目をこすって、少女がおそらく彼の真似をする。
「その時の君は素敵だったよ? 」
男はやはり美しく微笑む。
「やあ少年、君が死ぬのはこれが初めて?歓迎しよう。ようこそこの壮大かつ無限、
陰鬱にして歓喜、神聖な惰性なる輪廻へ。 って。」
その時の彼女の身振り手振りに尊大な話し方を真似して男がニヤリと笑う。
少女の方は、噫やっぱり可愛くなく なった、と眉間のしわを深くした。
それは一種の決まり文句だ。
死ぬのが初めての魂には説明と歓迎の意と選択肢の提示が必要だ。
それが少女の仕事であった。
椅子から決して立ち上がることはなく、彼女は足を組み替える。
黒い髪黒い目黒いネクタイ黒いスーツ裸足に黒いマニキュアの爪、さすがにシャツは白い。真っ赤なビロウドの張られた豪奢な椅子に、少女はまさしく王者のようにどっしり退屈を持て余して座ってる。
その目のなんて無感動な無関心。男は背筋がゾクゾクとして、それを表すためニヤリとした。
「それで?どうするんだいリドル。」
爪をいじりながら少女がふっと指先に息を吹きかける。
「わかってるだろう?僕は帰るよ。」
「またあ?」
いい加減にしてくれと少女がわずかに目を剥く。
「まだまだ僕の野望は終わらないのさ。」
「野望というより妄執だろう。」
「放っといてくれよ。」
男がちっとも気にしていないように清々しい顔でほほえむ。
「君のその支配欲や憎悪の念や人間嫌いに被害妄想、執着心に妄想過多な性質、残虐嗜好やらはいったいどこから来たのかねえ。世界征服なんて今時なんてナンセンス!時代遅れ!理想郷想像なんてなんてアナログな全盛期の夢!
君はそんな何回も死んでそれでも生きたくって?
君はなにがしたいんだい!」
大袈裟な身振りで少女が言う。あからさまに馬鹿にしている。
「その質問は僕が死んだ数だけ聞いた。」
男がうっすらと微笑む。
「つまり何回目だかは忘れたけれど、僕は僕のために僕が住みよい世界を作るんだよ。」
それに少女は見た目にそぐわぬ深い深い紫のため息を吐き出した。ため息は細かな霧のように辺りに広がり、やがてぐんぐん錆びるように黒くなる。
「さっさと帰りな、リドル。」
いわれずとも。男がにっこり微笑む。黒いため息に包まれてふわりと足が浮く。
「ではまた。」
言葉だけ残って、男は忽然と消えた。少女の手の中の、いつの間に現れたのか、小さな砂時計にチャリンと音がしてコインが落ちる。もう随分とコインはいっぱいに貯まっていて、それを見て少女は、「あと何回払えるもんかねえ。」と無表情で言った。
少女は椅子に未だ悠然と腰掛けたまま、頬杖をついてぽつんとつぶやく。
「でも待てよ?またってことはあいつまたすぐ死ぬ気じゃあるまいな。」
おいおいおいおい。ヤツが破産し破綻しようがそれは勝手だ。儲かるのはこちらの本意だ文句はない。
だがしかし、
「…まじで勘弁。」
少女の声は真っ白な空間に転がるだけ。
ああここは素晴らしき惰性の輪廻。
20070813