「シリウス!」
名前を呼ばれて、中庭をせっせこ横切っていたシリウスはふりむきました。
シリウスを呼んだのは、昨日までは確か、黄金色の髪をしていたダァリヤです。
「どう?髪色を変えてみたの。ずいぶんきれいでしょう。」
真っ赤な、まるで燃えるような髪をふりながらダァリヤはきらびやかなわらいをあげました。
「ああきれいだ。…すごく赤い。」
シリウスは曖昧にことばを返すと、また急いで中庭を突っ切っていきました。 そうしながら、ベンチに座って空を眺めていた女の子に声ひくくあいさつしました。
「こんにちは。」
シリウスが名前をしらないその黒い髪の子は、ひかえめにほほえんでこんにちはと言いました。

*

「シリウス!」
名前を呼ばれて、中庭をのんびり横切っていたシリウスはふりむきました。
ダァリヤが赤い髪をきらきらと、まるで真っ赤な燐光をふりか けたように光らせて黄色の髪をしたふたりのとりまきとわらっているところでした。
「見て。今度はね、昨日ならった魔法を応用して髪を光るようにしてみたの。あたしかなり光っていない?」
「ああ。ずいぶん光っているな。」
はちきれそうに胸を張ったダァリヤにシリウスは背を向けると、今度はせっせこ庭を抜けていきました。あの派手な光を見たらジェイムズを待たせていたのを思い出したのです。
そうして急ぎながら、でもシリウスは忘れずに昨日と同じベンチに座って空を眺めている女の子に声をかけていきました。
「こんにちは。今日は冷えるからマフラァをまいたほうがいい。」

*

夕焼けです。 日光は鼈甲色をして黒い木々に打ち寄せては砕け打ち寄せては砕けを繰り返しています。
「シリウス!」
ダァリヤは渡り廊下を横切るシリウスをみつけて声をかけました。シリウスはふりむきました。でもだれもいません。

「シリウス!」
声がもう一度しました。 廊下の手摺から見下ろすと、ダァリヤが中庭で手を振っていま した。 ダァリヤの赤い髪は、今日は七色に光って、うっすら後光がさしています。
「どう?とてもこの魔法は苦労したのよ」
「…ああ、たいしたもんだ。でも、もうだいぶくらいからな。」

シリウスはそのまま長い廊下を渡ってあの女の子にいいました。
「こんばんは。きれいな夕焼けだ。」
女の子はにっこりとわらってうなずきました。
シリウスはほんの少しはにかんだ微笑を浮かべて、食堂へ急ぎました。今日は好物の鳥のから揚げが出るのをしっていたからです。

*

シリウスは庭を早足になったりバックステップを踏んで少し後ずさったり走ってみたりとうろうろしながらそれでもまっすぐ歩いておりました。
と、向こうの方でダァリヤの声がします。
「ひどいわ、こんなのったらないわ!」
そおっとそちらの、ちょうど覗き込まないと見えないような死角になっている池のほとり、その辺りを見ますとダァリヤがまるでチョコレートで染めでもしたように、赤が剥げかかった金の髪のあちらこちらにまだらに茶色をつけて首を振っておりました。なんてすざましいマーブル模様でしょう。ふたりの取り巻きは、黄金の髪を弄りながら、ダァリヤをなぐさめようとしていましたが、ダァリヤの癇癪は収まりそうにありません。
シリウスは見つからないうちにそおっと首を引っ込めて、少し考えますと、今度はしっかりまっすぐずんずんと進み始めました。
やがてベンチが現れます。あの子がいます。

「こんにちは。」
シリウスはその小さな背中に声をかけました。
「こんにちは。」
女の子が振り向いてわらいます。
「こんにちは、。」
なんだか嬉しくなってシリウスはもう一度ちゃんと目を見てあいさつしました。もうシリウスが名前を知らない女の子ではない女の子がびっくりしたようにわらいました。どうして知ってるの、って目が笑っています。
知っているよ、だって訊ねて回ったんだから、だなんて言えなくってシリウスはただ、「隣いいか?」とだけ、女の子の肩辺りでそろえられた髪の毛を見ながら言いました。



ベンチと
ダァリヤ