04.名付け親 やっぱり知らなかったのか、と目を丸くされて、ソルは少し居心地が悪い。 「は召喚獣だよ。曽祖父の代からの。」 兄の言葉にぽかんと口を開いた。 召喚獣。が。 それはいつも彼らにとって目的を達成するための手段でしかなかった。道具だと教わってきた。がそれだと言う。図書室に住むあの人。長いローブ、長い髪、物静かな横顔、長い睫、造り物めいた容姿に白い手の。背の高い木のようなイメージの人。召喚獣。それらの単語が繋がらない。 「…ずっとあそこにいるのか、」 思っているのと違うことを訪ねていた。口にしてから、曽祖父の代から、という台詞が頭の中に蘇ってきた。はどう年上に見積もっても20代にしか見えない。 「ずっとだ。本部がこの屋敷に移されて、図書室ができるより前からいる。その頃からすべての書物を管理していると聞いた。」 「―――送還されないのいか。」 困ったようにキールがとんとん、と自らの胸元を叩いた。「首飾り。」 「え?」 「…の首飾りだよ。サモナイト石だ。の。」 「…。」 「召喚したのは曽祖父だと聞いたよ。」 三世代以上に渡って集められた知識。それらすべてを把握している存在は以外にいないだろう。今更ほかの人間にそれが務められるとは思わない。図書室の召喚獣は大人しく、害がない。破壊や癒しの力を持たぬ、ほとんど人と変わらない脆弱な体。しかし長命で、そして殊更、記憶力に秀でる。それはやはり"物"だった。図書室の目録。生きた便利な索引。長い髪にたおやかな腕の。 そうかと言ったきりソルは黙った。キールも黙っている。 召喚術とは手段であり、召喚獣は道具だと、ここの誰もが言う。召喚術は道具を駆使するための手段。道具は使ってこそであり、使い捨てだ。彼らはそれをまず徹底的に叩き込まれて育つ。この二人の兄おとうともそうだ。召喚獣は道具だ。だが、道具だと知らずに、人だと思って出会った者が"物"だった時、どうすればいいのかわからない。 「………曾祖母かもしれない。」 ずいぶん長い沈黙の後で、ぽつりとキールが口にした言葉の意味を、彼は判じかねた。 誰が。 誰の? 「先々代の、一番の愛妾だったと。」 一拍置いてから、その意味が広がってくる。 無感動に噫と彼は内心息を呑んだ。それでかと思った。自分たちの体に"道具"の血がわずかでも流れているから―――自分たち兄弟姉妹もまた、使い捨てられる?しかしどうして、"道具"を人として、曽祖父は傍に置いたのだろう。おかしい。矛盾している。とほんのわずかでも、自分たちの血がつながっている?道具と?獣と?その人と? しんとした。 隣で兄が足をぷらんとさせる。 「…いつから知ってた?」 乾いた気のする喉で訪ねた。キールは苦笑した。やはりその様子はによく似ていたから、本当の本当に、血のつながりがあるのだろうか。召喚獣を従える召喚士の一族に、召喚獣の血が混じっているなどと―――本当に? 「…この家の子供たちを船に見立てて、」 穏やかなキールの声。 「その竜骨<キール>たれと、子供らを支える支柱たれと、言う意味でいただいたのだと。」 母が。 ぽつりとそう言った後彼は黙った。兄の母親がもう五年も昔に亡くなったのはソルも知っていた。 ―――ここの子供の名前はみんな知っています。 の声がふと蘇った。 ―――ソルは古代の言葉で太陽の意味。 噫何故この名を贈った?ソルは押し黙る。この家は暗い。ひどく暗い。その中であの空の星のように、眩く光上げて輝くことなどできやしない。 「良い名だね…って自画自賛じゃねえか。」 思わず口から出た言葉に、キールが目を丸くしてそれからわらった。一拍置いて、誰にも言わない、と言ったソルに、キールは安心したように微笑した。 「お前ならそう言ってくれると思った。」 |