00.プロローグ |
昔々のものがたり。 once upon a time |
森の中で。私は自分を見失った。 白い鹿は二匹。鏡合わせの角と角。湖が招くは混沌。風が呼ぶは遠い記憶。森はその奥に隠している。したわしい夢、遠い幻。今はもうない笑い声。やさしい手のひら。おおきな背中。繋いで歩いた帰り道。空、雲、雨、森、花、風、おかえり、ただいま。指差し数えた雁の群れ。季節外れの風鈴鳴らした。高い背、藍色。今はもういない。 懐かしい人の夢を見た。緑陰はそよぎ、木下の闇であの人が微笑して招く。噫、木漏れ日の空。どうしてこんなに悲しくなるのか誰も知らない。ただ私だけが知っている。今はもう誰も知らない。遠い記憶。風と木の狭間で揺れる。 そうして大地から遠く離れて、初めて見下ろすこの土地に。懐かしさ、覚えるのはなぜなのか。 美しい緑。どこかでかいだ、匂いがする。優しい光。木下の闇。だぁれもいない。森の中には、ちいさな囁き声だけ響く。さらさらと手を振って、葉が擦れあって歌う。滴る日光のみどりいろ。 噫こんなにも世界は美しくて、私たちは醜いので嫌になるな。だのにこんなにもいとおしくって、だから私は、小さく小さく優しくなって、ここにいようとそう思う。 昔々に鞠ついて遊んだ。鬼をからかって遊ぶ歌。 鬼よ、どこよ。鬼よ。鬼よ、鬼よ…。 |