10.墓守

reason why



 並んで暗い色をした土を、黙々と掘り続ける。
 村のはずれ、一番陽のあたる森は、墓所と化していた。もう一体いくつの穴を掘ったろうか。簡単に木を十字の形に組み合わせた墓標を、掘っては埋め、小さな盛り土の上に立てる。が回復の兆しを見せてから、もう三日経っていた。三日の間、リューグをアグラバインはその作業を繰り返し続けた。
 も手伝うと言ったが、これは村の者がしてやりたいのだというアグラバインの言葉に素直に引き下がった。三日は寝ていろとリューグにきつく睨みつけられたのも効いたらしい。彼女はおとなしく、部屋で横になっている。
 穴を掘る音。
 躯の中には、誰なのかわかる形で残っているものもあった。ほとんどは焼け焦げ、誰のものかわからない。わかるものには、木に名前を掘って添えた。小刀で木を細工するのは、アグラバインに教わって彼も得意だったが、こんなにも陰鬱な気持ちになる作業はないと思った。
 赤い夕陽が沈む。もう半分も埋葬し終わったろうか。
「…今日はこのあたりにするか。」
 とかけられたアグラバインの言葉に、リューグは黙って頷いた。
 墓標の長い影が、土の上にいくつも伸びている。

「…リューグよ。」
 夕日の中、顔も衣装も真っ赤に染め上げてアグラバインが言う。
「お前、これからどうする。」
 その言葉はいつかにも問われたことだった。
 どうする?
 事情を知らないならともかく、当事者であるアグラバインに問われることの意味が彼にはわからなかった。

「ハッ!そんなもん、決まってんだろ。あいつらを探し出して―――全員ぶっ殺してやる!」

 その言葉に、アグラバインが顔をしかめた。
 なぜ、そんな顔をする?
「馬鹿兄貴にゃあそのつもりはないようだが。…俺は違う。このまま黙って泣き寝入りなんて絶対しない。逃げない。俺は闘う。」

「…黒い騎士に一太刀も浴びせることができなかったお前がか。」

 その言葉は思ったよりも、彼の心の痛い部分を突いた。
 そう、彼はあの夜、この村を襲った集団のリーダーらしき人物に切り込み、片手であしらわれている。強かった。今になっても背中に冷や汗が出る。あの男は―――まるで死神のようだった。死というものが鎧と炎とをまとって、現れたような錯覚を覚えた。
「だからって…どうしろって言うんだ!村のやつらをこんなことにしたあいつらを…あいつらは今でもアメルを狙ってやがる!放っておけっていうのかよ!」
「そうではない、」
「じゃあどういうことだよ!?仇を討って何が悪い!?」
「今のお前には仇を討つどころか自分を守ることもできん。」
 静かに、しかし重々しく告げられるばかりの言葉に、リューグは唇を噛む。勝ち目がないから諦めろ?そんなことは誰よりもわかっている。それでも、だから、だからこそ一人ででも、いかなければならないと。

「わたしもいくよ。」

 歌うような、声が届いた。
 はっと二人が振り返ると、森の木陰にが立っていた。すっかりぼろぼろになってしまったあさぎの着物は着替えて、リューグの服を借りている。そのためは、どこか少年のようにも見えた。長い髪がさらさらと、夕暮れの風に解けていた。
「わたしもいく。」
「テメエにゃ関係ないだろうが!!」
「そうだ、関係ない。」
 は一歩も動かない。ただ静かに、影のなかリューグとアグラバインとを見つめている。白い指先が、すうっとリューグを指差した。

「君からは闘争の匂いがする。」

「またそれかよ!」
「…どういう意味じゃ?」
 吐き捨てたリューグと対照的に、アグラバインが尋ねる。その目は静かに、見極めるように鬼の娘を見つめていた。それにふるふると、が首を横に振る。
「わたしもいく。」
「理由になってねえ!」
 怒りのままに声を張り上げるリューグに、ただ静かに、が言う。
「いくよ。君がダメって言っても、勝手についていく。それで君がまた無茶をして殺されかけたら、また、助けるよ。」
「今度こそ死ぬ気かよ!」

「・・・そうだよ。」

 ぞっとするような、響きがあった。
 リューグの怒りが、思わずストンと冷めるほどに、その響きは恐ろしかった。
「お主、何者なんじゃ?」
 呟くような、アグラバインの声音。
「私は鬼。界にはぐれた迷子。」
 歌うように、朗々と、が言葉を紡ぐ。
「人の子、リィンバウムの子、森のこども、なぜお前は死に急ぐ?」
 その言葉は、リューグに向けられている。
「森が言ってる。お前が生まれたときから、知っているよ。リューグ。お前の育つのを、ずっと見て来たよ。みな死んでかなしい、それでもおまえたちが残ってうれしい、うれしい、かなしい、うれしい…。」
 ざわざわと木々が鳴った。頷くような、タイミングだった。しんとそれきり、森が静まり返る。

「おぬしは何がしたい。」

 アグラバインのその言葉に、がかすかに笑った。ように見えた。もはや日はほとんど傾いて、の顔は暗い影のなかにある。

「闘争の匂いがする。」

 ポツリと落とされた言葉は、なにかほかのことを言わんとしていた。
 しかしその意味は、アグラバインにもリューグにも理解することはできず、ただ寂しげな響きだけ、墓所に響いた。