12.生き残った子

brother&sister



「で?これからほんとに、リューグはどうするの?」
 とりあえず復讐と言ったらぶっ飛ばす。すっかり元通りになったらしい右肩をブンブン風を切って鳴らしながら、が笑った。食後の後片付けの席で、リューグは思わず目を点にする。
「どうって、だから…。」
「現実的で、それから実現可能な計画を言ってね。」
 その言葉にアグラバインが深く頷く。
「あとね、それからリューグはずっと仇討ちだの復讐だの言ってるけど…、」
 なにを言い出すのだろう。
 リューグとアグラバインの視線を受けて、が首を傾げる。

「私、なんでリューグが復讐しようとしてるのかも、どうして村がこんなことになって、誰にひどい目にあわされたのかも、全然知らないんだけど。」

 今度こそ、リューグはこけた。アグラバインもちょっとこけそうになった。二人の目は唖然と見開かれて、ばかりが首を傾げている。
「だって、そうでしょう?なにがなんだかわからずに、起こされていきなり戦闘で怪我してぶっ倒れて看病してもらった先の村は壊滅していて?ちょっと元気になったからリューグもいないし散歩でも…と思ったらどなり声が聞こえてくるから向かってみれば喧嘩中で…、ぶっ殺すだの復讐だの、不穏な言葉が…。」
 がっくりとうなだれながら、リューグが辛うじて言葉を発する。
「…テメエ…なんも知らずについていくだのなんだの言ってたのかよ…。」
「だって二人とも、話してくれないもの。」
 不思議な瞳でがわらった。
 どうしてだかふたりとも、はすべて知っているものだと、何時の間にか思い込んでいたのだ。そう言えば、ここに至る経緯をどちらもに話した覚えもないし、が話した覚えもない。
 が知っているのは、リューグが誰かに追われていたこと、村を壊滅させたのとその集団は同じらしいこと、リューグがその集団に復讐しようと猛っていること。それくらいなのだ。

「…いいか。ならもう一回、言っておく。ついてくるな。」
「やだ。」
 即答だった。
「さっき言った個人的な理由もあるけどね、森にも頼まれたもの。」
 その言葉に、また二人は目を丸くする。
「わたしの、わたしたちの、むらのこども、せっかくのこった、こども、しなせないで。って。」
 森に包まれるように、存在した村だった。村は森の恵みを受け、緑の光にいつも囲まれていた―――。
「森がそう言ったと?」
「信じられるかよ!」
 その言葉に今度はが目を丸くする。
「どうして?」
「森が喋るか?」
「喋るよ。」
「どうしてそんなことわかるんだよ。」

「どうして人間は自分と同じ言語以外の言葉を理解しないの?」

 本当に心底不思議そうに、が首を傾げる。どこまでも透明な眼差し。まっすぐにリューグとアグラバインにささる。
「まあそれは置いておいて―――、」
 このままでは埒が明かないとアグラバインが取りなす。
 なにか言いたそうにしていただったが、肩を竦めるとアグラバインに向き直った。

、お主本当にリューグについていく気か?」

 こくりと頷いたに、そうか、と少し気の抜けたように彼は笑い、次の瞬間頭を下げた。
「なにしてんだよジジイ!」
「黙っておれ。ワシはまだこの村を離れるわけにはいかぬ―――弔いが済んではおらんからな。かと言ってリューグをひとり行かせることもしたくない。お主の力はリューグに聞いているし、…鬼神の力も聞き知っておる。本音を言えばお前さんがついて行ってくれるならワシの心配ごとも減るというものだ。」
「ジジイ!」
 ただな、リューグ。
 と告げるアグラバインの眼差しは厳しい。思わずリューグが口を閉ざすほどには。

「あやつらのもとへ向かう前に…お前たちには頼みがある。」

 その言葉に、リューグとは目を見合わせた。
「アメルを…ワシの孫娘を、ここへ連れてきてはくれないか。」
 お孫さんを?と首を傾げたの横で、リューグがはっと身を固くする。
「そう。ワシの孫…アメルはな、1年前のある日突然、不思議な力が使えるようになった。何物をも癒す奇跡の力―――おそらくそれを狙って、やつらはこの村を襲った…、」
 ぽつり、ぽつりと語られる言葉に、は真剣に耳を傾けていた。長い話が終わるころには、すっかり深夜と呼べる時間帯になっていた。

「じゃあ、そのアメルは、生きているの?」
 それに「ああ」とリューグが頷く。
「馬鹿兄貴と、あの召喚士共と一緒だ―――。アメルはあいつらが守ってくれる。」
 苦々しげに吐き出されたその言葉にますますが目を丸くした。信じられない、とその目がリューグを見つめている。

「なぜリューグはこんなところにいるの?」

 今度はリューグが目を丸くする番だ。
「リューグは、そのアメルと兄妹同然で育ったんでしょう?双子のお兄さんも、アメルといるんでしょう?」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、リューグは少し、気押されながらも頷く。
「リューグがあの時襲われたってことはさ、まだその子が狙われてるってことじゃない!なんでこんなとこにいるの!行って守ってあげなくちゃ!!」
 思いもよらない、言葉だった。ガタンと椅子から立ち上がってが言う。
「なんだ、君、全部失ったわけじゃない!みんな死んだって森もいうから、てっきり生き残ったのは君とおじいさんだけなのかと思ってた!君にはまだアメルとお兄さんもいる!アメルは狙われてる!ちょっと不思議な力が使えるってだけの人間の女の子が!」
「だからそれは兄貴が、」
「お兄さん以外あとは赤の他人なんでしょ!なんでここに帰ってきたの!?おじいさんが心配だから!?ならほら無事は確認できました!さっさとアメルんとこ帰って守ってやらなくてどうする!」
 アグラバインはびっくりしたように二人のやりとりを見つめていた。の大きな声が、部屋に響く。彼女はその顔を真っ赤にして、どうやら本当に、怒っているらしかった。
「あいつらは―――俺より兄貴の意見を選んだ!」
「だからなに!俺の意見が通らないならあとは頼んだぜ!?」
 ああもうと机をが叩いた。二人がおどろくほど机が地面から浮いて、ああそうだ、と少女の額についた角を思い出す。は頭を振りながら、ついには机の上に顔を伏せて頭を抱え込んでしまった。痛いほどの沈黙の後、ぽつりと小さな声が落ちる。

「その子が今どんなに心細いか、どうして考えてあげないの。」

 先ほどまでの怒鳴り声より、よほどリューグは、鈍器で頭を殴られたような気がした。
 ―――復讐だとか逃げるだとか、そんなこと、私はどうでもいいんです。喧嘩しないで、お願いだから。私はロッカとリューグと一緒にいたい…!
 気が強くっておてんばだけれどほんとうはとても泣き虫で、いつも二人の後にくっついて回った小さなアメル。
 いかないで、ふたりともおいてかないで、いっしょにいて。こわい、さびしい、こわい。こわい。
 どうしてあの言葉の裏に隠された妹の本音に、気づいてやれなかったろう。怒りと憎しみと、それから自分の意見の通らなかった驚き、兄への苛立ちに頭がいっぱいだった―――アメルが泣いていたことにすら、気付けなかった。

「俺は…、」

 そのまま黙って、リューグが外へ出ていく。
 ごめん、おじいさん。言い過ぎた。
 顔を伏せたまま、呟いたの頭を、何も言わずただアグラバインは一度、そっと撫でた。