13.朝の光

sunshine



 一晩中リューグは帰って来なかった。
 は居間の机に座ったまま、じっと待っていた。朝の光が、徐々に差し込んでくる。日が昇るのだ。それは真っ白で、時折、おそろしいとに感じさせた。朝の光は清浄過ぎる。
 あんなにも口を出すつもりはなかった―――ただ彼女の目的は、リューグについてゆくこと。色濃く濃密な、闘争の――憎しみのにおいがする、かなしい目の少年に。
 なぜかと問われれば本当は理由などたったひとつ。
 とうそうのにおい。
 しかしこの言葉の意味は、鬼以外にわかるまい。
 森が囁いている。遠くで風も、すすり泣く。
 争いがあった。悲鳴が、殺戮が、死があった。そうして炎は村を焼き、憎しみだけが、残された―――。

 カタリと扉の開く音がして、の思考は途切れた。
 はっと扉に駆け寄った彼女に、「…起きてたのかよ」 リューグが片方眉を下げ、しかしもう片方は上げて―――苦笑した。
「まさか一晩中待ってたんじゃねぇだろうな、」
「リュー」
 何か言おうとしたを、手でリューグが遮る。むすりとしばらく不機嫌そうにそのまま黙って、それでも彼はゆっくりと口を開いた。

「………悪かった。」

 その言葉に、は口をぽかんと開けた。
「なんで、」
「まずテメエを疑ったことは謝る。助けられたのも死にかけたのも本当だ。」
 はリューグがあんなにも苛立ち、カリカリしていたのは不安と混乱のためであったことに思い至る。当然だ、理由もわからぬ殺戮行為を受け、命からがら逃げ出して、追われ、仲間とは意見が合わず、決裂し、ひとり。
「…頭冷やして考えた。…復讐は諦められるようなもんじゃねぇ。だからってひとりでこのまま、ジタバタしたってなにもかわらねぇ…。」
 悔しそうに、ひとこと、ひとこと。ああこの子供は、
 がくしゃりと顔を歪める。
「ジジイのことが心配だったのもあるが…あいつらの手がかりがないかとも思ってここに来たんだ。探しちゃ見たが手がかりらしい手がかりもねぇ。あいつらがアメルを狙ってるんなら、アメルのそばにいたほうがよっぽどあいつらに近づける。」
 アメルも守ってやれるしな。
 ぼそりと付け加えられた言葉。やはりその顔は、ぶっきらぼうなままだ。しかしなんとなく、照れているのだとふいにには思われた。なんとなく、だんだんとこの少年のことが分かってきた気がする。匂いだけから感じ取れる情報は、あまりにも少なく、あいまいだ。

「まずはアメルのところに帰る。ジジイにも頼まれたし、アメルも心配してたから無事を知らせてやれば少しは安心するだろ。…あいつを守りながら、強くなって、復讐もやり遂げる。俺は、その方法を、探してみたい。」

 これは決意だ。
 は未だ呆けたままそれを聞いていた。
「………なんだよ、なんとか言えよ。」
 ムスッとリューグがを睨む。

「…ごめん。」

 ポロリとの口からは謝罪が漏れた。
「昨日は、偉そうに、いろいろ―――ごめんなさい。私は、私……ごめん、」
 やはりその口がなにか他のことを言わんとわなないたが、音にならなかった。ついにはの菫の目玉から、涙がほろほろとこぼれ始めた。
 それにギョッとしたのはリューグの方だ。顔をしかめてうろたえる。
「なんでテメエが泣くんだよ!」
 怒鳴ってどうするのだ。
「ご、ごめんひゃひゃいぃ…」
「怒ってねぇよ!謝っただろうが!」
「ひょひぇんんん…」
「ああもう!」
 ゴシゴシと手近にあった布巾をひっつかんで、リューグがの顔を乱暴に拭い出した。音のしそうなくらいであるから、当然痛い。
「ひどい!いたい!」
「うるっせぇ!!」

 さていつ出て行ったものだろう。
 アグラバインが廊下の扉の前で、腕組みをしていた。