14.出立の日

farewell



「ジジイ、ほんとに一人で大丈夫なんだろうな。」
 アグラバインがああと答える前に、が「リューグよりおじいさんのが強いから大丈夫」と笑った。うるせえよ!怒鳴ったリューグにきゃあと悲鳴を上げて、が離れてゆく。
 おじいさんありがとう!
 肩の怪我のことだろう。明るい笑顔を投げて、そのまま駆けてゆく。

「チッ………アメルを連れてこればいいんだな?」
「…そうだ。」
 いつになく暗く、真剣な瞳でアグラバインは頷く。
「アメルの出自に―――関わる話だ。ひょっとしたらアメル自身、すでに調べようとしておるかもしれん。そうだとすれば、きっと不安になっておるじゃろう。…真実を説明できるのはワシ以外にはおらん。重要な話だ…ともすれば今回の一件に………関係ない、とは言い切れんのだろうな。」
 独り言じみた陰鬱なその響きに、リューグは顔をしかめる。
「ジジイ、テメエ、なにを知ってる?」
「…アメルに関わることだ。あの子のおらぬところで口にはできん。」
 言い出したことは譲らない養い親のことはよくわかっている―――。
 リューグはひとつため息をつくと、しかし真剣な目をして言った。

「…必ず連れてくる。」

 その力強い言葉に、アグラバインが思わず目を見張る。
「………死ぬな。」
 だからその口からは、言うつもりのなかった言葉が出た。
「お前も、ロッカも、アメルも………ワシにこういう資格はないのかもしれん、それでも大事な―――、」
 引き絞るような声だった。リューグが驚きに目を見張る。

「無事に帰ってこい。」

 おう、と返す言葉が少し震えた。
 がこの場にいなくてよかったと思った。ひょっとしたら気をきかせたのだろうか―――しかし、そんな考えは村の出口で待っていたみずいろを見た途端に消えうせた。


「…なにやってんだ。」
「逆立ち!」
 見ればわかることをは元気に答えた。
 しかもただの逆立ちではない。片手だ。左手一本で身体を支えていたとおもったら、右手に切り替え、ぴょんぴょんと跳んでみせる。
「もう完璧に大丈夫みたい。」
 ひらりと足を下ろして、が手についた土を払う。腕の怪我の具合をみるためには、若干ハード過ぎるような確認方法だが、本人的にはいたって問題ないらしい。

「あとは獲物があれば完璧、」

 歌うようにそう言って歩き出したの後を追いながら、リューグは内心目を丸くする。
「お前体術使いじゃないのかよ?」
「違うよー!ほんとはね、青龍刀ってわかる?こう、刃渡りのながぁい、おっきい斬戟用の刀なんだけど。」
 身振り手振りで身の丈ほどありそうな刀を表したに、今度こそ本当にリューグは目をまんまるにした。
「召喚されたときは持ってたのだけどあんまりお腹がすいて…売っちゃったんだよね…。いや、お金稼ぐ程度の戦闘なら素手でもなんとかなるかと思って…。でもあいつらと戦うなら必要だね。どうしよう…。」
 ブツブツ呟きだしたの背中を見ながら、リューグは考えていた。
 どうやら自分は、とんでもないはぐれを仲間にしてしまったのかもしれない。
 少し口端を持ち上げる。
 坂を下る彼らを見送る森の緑は変わらずに優しく、あたたかかった。