15.鬼の剣

sword dancer



 街道を少し外れた道を、リューグとは歩いていた。
 以前黒づくめの兵士達から逃げた時は、街道沿いで待ち伏せをされたというリューグの話を受けて、その道は避けることにしたのだ。。
 レルムの村から一番近く、また、最後にリューグが会ったとき、アメルたちが身を寄せていた屋敷がある都市―――王都ゼラム。
 目的地をそこに定め、用心を重ねながら、二人は歩いていた。街道を外れる分道は悪く、盗賊などに会う危険も多いが、よほどの集団でない限り二人が苦戦を強いられるようなことはなかった。

 今もまた、四、五人の盗賊と戦っているのだが、があっちへひらりこっちへひらりと忙しい。それに惑わされる間に、リューグが一撃で敵を仕留めていく。
 気絶してぐるぐるに縛り上げた盗賊たちの懐を、が鼻歌交じりに漁る。わざわざ盗賊を王都まで引っ立てていくのは面倒な上に目立つ。そのため二人は、襲ってきた盗賊を返り討ちにしたのち、その懐から金品を失敬し、あとはぐるぐる巻きにし立て札を立てた上で街道沿いに放置するという作業を繰り返していた。
 これが結構、小銭稼ぎにはなる。
「元は誰かが盗られたもんだと思うと使いづれえいな。」
 ごそごそとその持物をあさるを見下ろしながら、彼女がはぐれとして生きて来たしたたかさを思わず感じずにはいられない。それでもぼそりと言ったリューグに、がわらう。
「まあまあ、そこは気にしたらなにもできな…お?いい剣。」
 少し目を丸くして、が盗賊の剣を手にとる。
 両刃の剣は大剣、と呼ばれる種類のそれは、相当な重さがあるはずなのだが、はひょいと花でも摘むうような動作でそれを持ち上げた。
 甲虫の飛ぶような低い音を立てて、二、三度、剣を身体の横で振り回すと、は「これ、もらってこう。」と件の笑顔を見せた。緊張感のない笑顔だなと思いながら、もう一方でリューグは、が体術使いではない、と言ったことに納得していた。

 大剣を手にしたは、大きな剣と鬼の少女は、驚くほどしっくりくるのだ。
 その細腕でどうやって振り回すのだろうと思わず首を捻ってしまいたくもなるのだが、しかし目の前で実際その腕がブンブンと剣を振り回している。不思議な構えだった。体術も独特だったが、太刀筋もそうだ。
 舞うような、とでも言えばいいのだろうか。軽やかな身のこなし、水の流れるイメェヂ。ぴたりと止まったと思えば、また流れ出す。剣の重さも身の重さも、まるで感じさせない動作。
 そう言えば軽かったな、と背負った時の感覚を思い出して考える。たしかに見た感じ、は細い。あさぎの着物を着ていたときは、裾がたっぷりとしていてあまり感じなかったが、自分の服を着ているとなおさらそれが目立つ。ズボンはベルトでずり落ちないように止めて、幾重にも裾を折り曲げている。長袖の黒い襟の空いたシャツは、彼がもう少し幼かった頃のものだ。
 少年にも見えるな、と少し失礼なことを彼は考えていた。
 笑うと途端人懐こくなるが、こうして剣を振っている姿は凛として、透き通る少年のようだ。街に着いたら服を買ってやろうと彼は考える。
 いつまでもサイズの合わない自分の古着と言うのはかわいそうだし、そもそもの服が着られなくなった原因は自分にあるのだし。

 はまだ剣をふるっている。久しぶりの感覚が楽しいのだろうか、うっすらと笑みが浮かんでいる。
 強いのだろうな。
 思うと途端、うずうずしてきた。
 きっと強いのだろう。こうして剣の構えをたわむれに繰り返しているのを見るだけでわかる。洗練された無駄のない動き、演舞するような軽やかな流線形の構え。
 強くなる。とそう決めた。少なくともに庇われず済むくらいには。しかしその道が、結構遠いこともリューグは自覚している。
 だからこそ、
「…おいこら相手しやがれ。」
「へぇっ!?」
 返事を待たずに斧を振りかぶった。
 驚きの声をあげながらも、軽くいなされる。ふわりと斧の切っ先がそらされた。リューグは目を丸くする。形のないものにきりかかったような、手ごたえ―――というか、それがなかった。びっくりしたと言いながら、が笑っている。まったく気にしちゃいないのだ。

「リューグは火のようだね。でもそれじゃあ、水も風も斬れない。」

 のんきそうに笑いながら、くるりと回って、が剣を構える。不思議な構え。胸より上に剣をあげて、切っ先をリューグに向け、片手を剣先に添えている。
「稽古をつけるのはひさしぶり。」
 たのしそうな囁き。誰かに稽古をつけたことがあるのだろうかと一瞬思われたが、次の瞬間にはリューグはそれを忘れた。
 稽古の相手ときたら、まったくどうして実践よりも、気が抜けないのである。