16.王都

two sumonners



 高級住宅街の中にたたずむある邸の前で、はぽかんと口を開けていた。でかい。とかくこの白い壁に青い色の屋根をした邸は、でかいのである。
「おっきー!」
 驚きの声をあげるに、「あん時ゃ必死で気がつかなかったが…でけえな。」とリューグも呆れて見上げている。
「ここにアメルやお兄さんがいるの?」
「…まだいるならな。最後に会ったのはここだ。」
 じゃあ行ってみようよ、とさっさとが門をくぐってしまった。未だ門の前に立ち止まって渋い顔をしたままのリューグを振り返り、「まだ意地をはっている?」とコトリと首を傾げる。
「…はってねえよ。」
「じゃあ行こう。」
 にっこり。またあの笑い方。肩すかしをくらったような気分になって、リューグははあと溜息を吐く。はさっさと玄関の前に到着すると、扉を叩いている。そうしてはいどうぞ、とリューグにその場所を明け渡した。ノックしておいてあげたよ、と言う意味らしい。
 しばらく辺りはしんとして、「は〜い!」と遠くのほうで声が聞こえた。

「はいはいは〜い、どなた?」

 大きな扉が、ガチャリと開く。
 その隙間からひょいと顔を覗かせたのは、大きな丸い眼鏡をかけた緑の目をした女性だった。明るい色の髪の毛をまっすぐに顎の下で切りそろえた彼女は、知的ながらも闊達な印象を与える。
「あら、君。」
 よお、とぼそり呟いたリューグに、目を丸くする。
「喧嘩別れして出てった…ええと…リューグ!じゃないの!」
 その言葉にぐっとリューグがうつむき、がのほほんと「やっぱり仲間からもそういう目で見られてたんだねえ。」と苦笑する。その声に女性は、リューグの隣に立っているに気が付き、
「あら、どなた?」
 と面白そうに眼を丸くした。
「私は。」
「あなたは召喚獣ね。シルターンかしら?」
「よく知っているね。私は鬼。おにだよ。」
 その言葉に女性は目を丸くした。召喚士である彼女は、鬼がなんたるかを一般人よりは知っている。確かに見下ろしたさきの少女の額には角があり、しかしその屈託のない笑顔に目を見張った。

「緑の界の匂いがするね。あなたの名前は?」

 その言葉に女性が丸くしていた目をやわらかくたわませる。
「私はミモザ。ミモザ・ロランジュ。蒼の派閥の召喚士よ。よろしく、。」
 よろしくと返してが笑う。
 ひとしきりその会話が終わるのを待ってから、リューグは「アメルたちは」と口を開いた。
「残念だけどもうここにはいないわ。入れ違いになったわね。」
 そう肩を竦めるミモザに、リューグが苦い顔をする。
「私のことにらんだってどーにもならないでしょ?さあ、一旦お上がんなさいな。よかった、明日には任務でここを発つつもりだったの。ギブソーン!お客さんよ!」
 リューグとを中へ促しながら、ミモザが邸の奥に向かって声を張り上げる。やはり遠くから「ああ!今行くよ!」と穏やかな男の声が返ってきて、はこっそりと、この邸は一体どれくらい広いのだろうかとこっそり考えた。

「今お茶を淹れてくるから、ちょっと待っててね。」
 やがて通されたリビングらしい空間に、男性が入ってきた。くすんだ金の髪。すぐさまその人はソファに腰かけるリューグを見、「おや」と目を丸くした。先ほど聞こえて来た声と同じだ。
「リューグ、帰ってきたのかい?そちらのお嬢さんは?」
 穏やかな眼差しで問いかけながら、二人の向かいに腰を下ろす。ちょうどミモザが、お茶を人数分、トレイに乗せて戻ってきた。
「リューグか帰ってきた理由はまだ私も聞いてないのよ。彼の隣の女の子が。まだ名前しか聞いてないわね。それからこっちが、相棒の…、」
「ギブソン・ジラールだ。蒼の派閥の召喚士をしている。」
 ミモザの会話を引き継いで、男性、ギブソンがゆったりと首を傾げる礼をした。
「よろしく、サプレスの匂いがするね。」
 そうほほ笑んだに、ギブソンはほんの少し目を丸くした。その目が額の、角を見ている。リューグはなんとなく、先ほどからのミモザといいギブソンといい、その反応が妙に落ち着かなかった。
「君は―――シルターンの?」
「鬼だよ。」
「…そうか。」
 顔を見合わせて、ギブソンとミモザがなにか視線で会話している。しかしその内容がもちろんわかるはずはなく、リューグの妙な苛立ちは募った。
 湯気のたつ紅茶が、それぞれの前に置かれる。わあと喜んではさっそく口をつけたが、リューグはまっすぐに座ったままだった。

「さて、ボクたち?まあまずは無事でなによりよ。アメルちゃんも心配してたんだから…。で、なにがあったの?」
 ミモザの緑の瞳も、ギブソンの暗い金の瞳も、どちらも心配そうにリューグを見つめる。
「ジジイが生きてる。それをアメルに伝えるために、俺は戻ってきた…あとはジジイから伝言も預かったしな。」
「ジジイ、って…アメルのおじいさんのこと?」
 ああと頷いたリューグに、もう一度二人は目を見合わせた。
「今アメルはどこにいるんだ?無事なのか?」
 その言葉に、やはりふたりは顔を見合わせ、言葉を続ける。
「…知り合いによると、ファナンにいるみたい。」

「ファナン?」

 ファナンと言えば、南に位置する港街だ。今度はリューグとが目を見合わせた。なぜ、そんなところに?
「最初マグナたちは、アメルのおばあさんが住んでるっていう森を目指してここを出たんだが…、」
「私たちに黙って、ね!」
 口調は怒っているが顔はちっとも怒っていない。ぱちりと片目をつむって、ミモザが紅茶をすする。それに肩を竦めて見せてから、ギブソンが言葉を続けた。
「途中でやつらの襲撃にあってね…我々が助立ちに入ったんだが。」
「逃げるときに方角を間違えて、ファナンに行っちゃったのよ。」
「そのままファナンを拠点に、動いているようだ。」
「とりあえず、みんな無事みたいだから安心して頂戴。」
 その言葉にこころなしか、リューグが表情を和らげた。
「おじいさんの無事を知らせてあげるなら、ファナンに向かうほうがいいわね。ここで待っていてもいつ帰ってくるかわからないし…。」

「そもそもじっとしているつもりはないだろう?君は。」

 リューグに向けられる二人の眼差しは優しい。それと同時に子供を見守るような、ハラハラとさせられる大人の言い分も、見え隠れする。
「ああ、それからやつらが何者なのかも分かってきたよ。」
「なんだと!?」
 その言葉にリューグが立ち上がる。ガタリとが揺れ、リューグの分の紅茶が少しはねた。琥珀色の液体が玉になって転がる。しかし誰も、気にしない。
「崖城年デグレア所属、遊撃騎士団、騎士団長、ルヴァイド―――彼らはそう名乗ったわ。」
「デグレアだと!?…なんだってそいつらがアメルを…!」
「そこまではまだわからない。ただ、アメルの力が、彼らにとって何らかの重要な意味を持つ"鍵"だと言うことは確かなんだ。」
 明るい日差しの降り注ぐリビング。しかしそこはしんとして、静まり返っていた。デグレアと言う名の暗い影が、彼ら全員の上に指しているようだ。
 そんな中、おずおずとが、右手をあげる。
「あのね…、」
 三人の視線を一気に浴びて、がへらと笑った。

「デグレアって、なに?」

 次の瞬間、リューグの呆れたどなり声と、ミモザの大きな、笑い声が邸に響いた。