20.二人の私 |
twins |
鴎が飛んでゆく。 やはり海からの風は、森に吹く風と違って、どこか荒々しく、しかし清々しい―――。もぐもぐと歩きながら、屋台で買ったパンを頬張るの横で、リューグは頬を撫でる風に混じる潮の匂いを嗅いでいた。 「見つからないねえ。」 口を動かしながら、が言う。 「…そうだな。」 ファナンに来てもう3日目だ。街の隅から隅まで隈なく探したつもりなのだが、アメルたちらしき一行の影も形も見当たらない。あれだけの大所帯、見つからないはずはないのだが。首を捻るリューグに、苛立ちばかりが募る。 結局その日も、散々歩き回ったがこれと行った収穫は得られなかった。 もはや日課と化しつつある鍛錬の前に宿に帰り、食事を頼む間も、リューグの眉間からシワが取れることはなかった。 「リューグ、そう怒っても仕方がない。」 「…怒ってねえよ。」 怒ってるよ。と小さくが苦笑したが、気づかないふりをする。 「ひょっとしたら、また入れ違ったかな。」 スープを口にしながら、が言う。 ここまで探していないとなると、そう大きな街でもない。到着して一日目はもう夜だったこともあり探せなかったが、まるまる二日費やして探しているのに見当たらないのだ。これはこの街にもういないということを考えたほうがいい。 はリューグが思うよりも客観的な思考を持っていた。それがまた、なんとなくリューグには悔しい。 「…と、なると手がかりがねえな。」 「アメルは最初、身内の…おばあさんだっけ、の家に向かうためにゼラムを出たんだよね…?それで"旅団"のやつらに追われて間違ってファナンへ来てしまった―――それならもう一度、そのおばあさんのところを目指してる、って考えられない?」 それはリューグも考えたことだった。香ばしいパンを割りながら、リューグも頷く。たしかにが言うだけあって、この店の料理は美味しいのである。 「だろうな。」 あっさり同意したリューグに、がスープから顔を上げる。 「…リューグはおばあさんがどこに住んでるのか知ってる?」 「知らねえ。そんな話聞いたこともねえしな。…クソッ、ジジイにもっとよく聞いとくんだったぜ…。」 がしがしと頭を掻くリューグに、も一度溜息を吐く。 「今からおじいさんのところに戻って、おばあさんの家の場所を聞いて、その場所に向かって…となると、また入れ違いそうだね。」 「…チッ!」 「まあまあ。」 肩を落としながらもまたパンをちぎって口に運ぶ。おいしいなあ。口の中でパンの繊維がほろほろと解ける。「五臓六腑に染み渡る、」と呟くと、リューグが怪訝な顔をした。 「おばちゃーん!おかわり!」 気を取り直して元気よく声を上げたに、気前のいい女将の声が返る。 「はいはい、ちゃんが来たからいっぱい作ってあるんだよ。あんたなにせそのなりでよく食べるからねえ!」 えへへと照れるに、「照れるところか…?」とリューグがやはり怪訝そうに呟く。きっと初めてが泊まった夜には、食材が足りなくなったに違いないと、リューグは思った。 手づから湯気の立つパンの乗ったバスケットを持ってやってきた女将は、疲れた様子のふたりを見下ろして目を丸くする。 「なんだい、あんたたち。疲れてるみたいだけど。」 それにリューグは黙ったままで、は苦笑する。 「人探してるんだけど、なかなか見つからなくってね。」 その言葉におや、と女将が眉を上げた。 「なんだい、もっと早く行ってくれりゃあ手伝ったのに!」 おばちゃん!とが感激に声を上げ、やはりリューグは居心地悪そうにだまったままだ。 「あのねえ、ええと、…あ、私直接知らない。…リューグ!」 にそう言われてリューグがのろのろと口を開く。 「蒼の派閥の召喚士が三人―――紫紺の髪したこう…よく笑ってるかんじの男と女と、それから眼鏡かけたこれくらいの身長のムスッとした男と…、」 身振りで大体の身長を示しながら、リューグが説明し始める。 リューグにムスッとしていると言わしめる、その召喚士はなにものだろうか。はひそかに、戦慄を覚えていた。ちょっとこわい。 「それからこれくらいの…茶色い髪した、青と白の服着た女と、それからガタイのいい全体的に黄色っぽい冒険者風の男と、こいつみたいなシルターン風の赤と白の服着た弓使いの女と―――、」 話を聞くうちに女将がんんん?と首を捻り始めた。 それにが目を輝かせる。 「おばちゃん!知ってる!?」 「いやちょっと待っておくれよ?んんんんん?」 そう言って女将は、リューグの顔をじっと見る。見る。見続ける。見つめている。ものすごく見つめる。その迫力には思わずリューグもたじろいで、少しばかり後ずさった。なになにと首を傾げるばかりがのんきで、リューグは若干冷や汗を垂らしている。 「あんた…、」 女将の目が怖い。 「ちょっとにっこり笑ってみておくれよ。」 その言葉に、リューグはもちろんも目を丸くした。 「…今、なんと?」 「だからこう、にこっと爽やかに愛想よく笑ってみてほしいんだよ。」 「なぜ…?」 辛うじてつっこむの声ももはや小さい。 「なあんか、見たことあるんだよ…ほれ、にっこり。にっこり。」 「誰がするか!」 「想像できない…!」 女将の言葉にそれぞれがそれぞれの反応を返した、その時。の頭に一つの考えがひらめいた。 「リューグ!」 「なんだよ!」 「笑って!」 「はあああ!?」 次の瞬間はいつもの身のこなしでリューグの背後に回ると、背中から腕を回してその頬を人差し指で持ち上げた。目は怒ったままだが口端がつり上がり、笑ったような印象にはなる。 後ろから抱きついているような格好なのだが、特に誰も気にしない。 「あ!」 と女将が手を叩くのと、 「なにすんだテメエ!!」 とリューグが叫ぶのは同時だった。 リューグの拳を避けながら、が女将に問う。 「ね!見たことあるんでしょ!にこにこ笑うもうひとりのリューグ!」 |