21.待つとしきかば

night ocean



 その夜、いつものようにファナンのはずれ、銀砂の浜に二人は並んで座っていた。
 座っていたといっても海を眺めているわけでも空を眺めているわけでも、ましてやロマンチックな二人であるはずがなく、は膝を抱えて座り、手で顔を仰いでいて、リューグは座るというより仰向けに転がって荒く息を繰り返していた。
 鍛錬が終わったあとの、もはや馴染みの光景である。
「…やっぱテメエ、強え…、」
 悔しそうに、リューグが天に向かって息を吐く。それにが、「リューグはでも強くなったね。この短期間で。」とぽつりと呟いた。それに彼が、ガバリと体を起こす。
「ほんとか!」
「嘘ついてどうすんの。」
「…そうか。」
 少し不機嫌そうに、鼻を鳴らす。しかしこれは、喜んでいるのを隠そうとしているのだ。慣れれば分かり易い。とは考えていた。

 夕食時に宿屋の女将が思わぬ情報をもたらした。
 最初からリューグの顔を掲げて「この顔でにこやかで髪が青い少年を見ませんでしたかー!」と言って歩けばよかったのだと、いまさらながらに彼が双子であったことを失念していたは後悔した。
 リューグそっくりの(ただしにこやかな)少年を含む召喚士たちの一行は、街外れで道場を営む女性のところに世話になっていたそうだ。しばらくファナンにいたらしいのだが、その間に海賊がファナンを襲撃した際に街を救い、ちょっとした有名人になっているのだとか。その後道場を営む女性、モーリンを伴って街を出たらしい。しばらく留守にすると言っていたために、街のみんなで彼女の道場の留守を預かったのだと教えてくれた。
 彼らの行き先を尋ねると、残念なことに誰も知らないという。

 とりあえず体を動かそう。
 その結論に達してふたりは砂浜まで出ると鍛錬を始めた。内容はいつも、主に体術や木の棒を使った鍛錬だ。というよりもリューグの鍛錬に、がつき合っていると言ったほうがいいのかもしれない。大概がむしゃらにきりかかるリューグがに軽くいなされては起きあがり、転がされては起きあがり。
 いつもリューグが倒れるくらいまで、鍛錬は続く。
「収穫あったねえ。」
「…思った以上に近くにあったな…。」
「明日その道場に行ってみる?」
 ああ、と頷いて再びのろのろとリューグは仰向けになる。
「おじいさんのところに一旦帰るより、ここでその道場を張ってたほうがいいかもしれないね。ゼラムに立ち寄るにしても、一度ファナンに帰るだろうから。」
 それにもう一度、リューグは頷く。
「これより南下してもじき帝国領だし…きっとそう遠くへは行かないと思う。」
「ここでまってりゃ、そのうち帰ってくる、ってことか。」
 今にも舌打ちしそうな様子のリューグを、やはり座ったまま眺めて、がおかしそうに目を細める。

「リューグは待つのが苦手そうだね。」

 笑いながらこぼされたその言葉に、リューグがムッと顔をゆがめた。
「悪かったなあ。」
「否定しないの。」
「…うるせえよ。」
 あははとが笑う。穏やかな笑い声。月明かりに照らされて、の輪郭が少し光って見える。潮騒の音。砂浜は昼間に太陽の熱を吸い込んだためがまだほんのりと温かい。リューグはなんとはなしに星を眺める。汗が頬を垂れていった。
「やりたがってた修行、しながら待とうよ。」
 そうが笑う。宿代もそろそろ稼がないといけないし。盗賊退治でもする?海賊退治もファナンじゃあるみたい。とりとめのない会話。
 ―――それはお前が食べ過ぎるせいだろう。
 そう思ったがやはりリューグはなにも言わなかった。
 星が一つ、流れて消える。