22.酔いどれ占い師

remenber herself



「まだ帰ってこないね。」
 毎朝毎晩、その道場を覗くのが日課になりつつあった。しかし今日も道場に人気はない。
 ここ数日、二人は朝、道場を覗いては"修行"という名の賊退治にいそしみ、そのまま夕方遅く帰ってきてはまた道場を覗くということを繰り返している。
 以前一度捕まえた盗賊たちを騎士団に引き出すため、二手に別れてがゼラムに帰ったとき、ギブソン邸を覗いても見たのだが、あちらにも訪ね人の集団が帰ってきた様子はなかった。

 宿屋の女将から情報を得てから、三日が経過し、四日目になる。つまりもうファナンに来て一週間にもなるが、そこから一歩も、リューグたちはアメルに近づけずにいた。
 かと言って収穫がないわけではなく、無謀とも言えるような鍛錬と実践を通して、リューグの力はめざましく伸びていた。
 最近では相手に、十本に一、二本はとる。掠りもしなかった一週間前を思うと、信じられないような変化だった。

「今日も帰ってこないかなあ。」
「…そうだな、」

 一日の予定を少し早目に終え、ファナンに帰ってきた二人だったが道場に人影がないことには失望を隠せない。特にリューグの苛立ちは、まだ修行でまぎれてはいるが、日に日に募っていた。
 夕方にはまだ早い、明るいファナンの街を歩く。
「どいてどいてー!」
 元気のいい声と一緒に、不意に青い影がさっと足元を通り過ぎて、がぎゃっと叫んで転びそうになる。
「…たく、」
 とんと、軽い仕草で、リューグが転びかけたの背を支える。
「あぶねえな。」
 駈け去っていった青い影――耳と尻尾がついていた、を睨んで見送りながら、リューグがその手を離す。
「…ありがとう!」
「べつに。」
 ぷいとそっぽを向かれてしまった。は気にせずくすくすわらう。
「そう言えばなんか賑やかだな。」
「明日からお祭りがあるんだって。」
「へぇ?」
 とりとめのない会話をしながら歩く。ぶらぶらと商店街を抜けながら、ついでに買い出しを済ませる。キッカの実に、ミーナシの滴に。うっかり切らせば命に関わることもある。
 最近あちこちで実践訓練と言う名の無法者退治を繰り返している二人には、多少の金銭的余裕があった。ついでに防具や武器も新調するかと、武器屋に入ろうとしたが、ふと足を止めた。

「どうした?」
「立て札!」

 広場の中心を指差してが楽しそうな声を上げる。そのまま走って内容を見に行った。黒い髪が揺れながら遠ざかる。それを少し見送って、リューグは店頭に並べられた武器に目を落とす。しかしいつ訪れても、武器やにの言う"青竜刀"というのは見当たらない。
 きっとそれを持てば、今以上には強くなるだろうに。
「…ねぇな。」
 舌打ちと共に呟かれた言葉に、ふいに返事が返った。

「あ〜ら、なにがないのかしらぁ?」

 色っぽい、というか、少しふわふわとした声だ。
 ぎょっとリューグが振り返ると、眼鏡をかけた見なれない服装の女が、酒の匂いを撒き散らしながらとろんとした陽気そうな目でリューグを見ていた。耳の先が長くとがっている。召喚獣だろうか。頭の上でふたつに御団子にされた髪の毛から、珊瑚のような飾りが覗く。
「にゃははは〜そんな睨まなくてもいいじゃにゃ〜い!こわぁい!」
 酔っ払いだった。呂律が回ってない。
 リューグはぐ、と眉間にしわを寄せると酔っ払いの女性から目をそむけた。しかし女性は、リューグの隣に立つと顔を覗きこんでいる。
「ん〜〜〜?少年は何をお求めなのかしら〜?」
「…チッ、」

「怒らない怒らない〜!短気は損気!君の場合それを如実に星が物語っているわよお〜?そ、れ、に!探しても君のほしい刀はないわよお。あれ、特殊だものぉ。」

「なんでそれを…!」
 リューグが目を見開いて女性を振り返った時だ。
「リューグ!」
 少し興奮した様子で、が駆け戻ってきた。
「この前盗賊倒したでしょ!あいつらアジトがあって、外道召喚士をリーダーにしたけっこうな大物集団の一部だったみたい。立て札に倒した者には100万バーム!って書いてあったよ!…って、どちらさま?」
 しまりのない笑顔で、リューグの隣に立っている女性にやっと気付いて、が首を傾げる。
「あら、」
 少し怪しく女が笑った。

「いやだ、ちゃん、私のこと、忘れちゃったのお?」

 女がにその顔を近づける。眼鏡の向こうの、紅色がかった黒い瞳。長い耳の先。その口がのすぐ耳元に寄せられ、何事か囁いた。が驚きに、目を丸くする。
「あなたは…!」
「にゃはははは、せーりゅうとうをお探しなんでしょ〜?」
「テメエなんで知ってやがる!」
 リューグの言葉に女はやはり笑ってばかりだ。

「メイメイさんはぁ、凄腕の占い師だからわかっちゃうのよね〜!」

 にゃはははは!とやはり独特の笑いかた。
「100万バーム分のお酒で、売ったげてもいいわ。」
 その目が一瞬、素面のような輝きで光った。