23.野営

camp in the moon



 ムスッとした顔のリューグに、「まあまあ、」とが困ったように笑う。どうしてこうなった。まだリューグは納得できてはいないようだ。
 高く月が昇り、辺りは夜の気配にしんと静まり返っている。遠くで木々のざわめき、まだファナンの潮騒が、遠くとおくに聞こえている。小さな焚き火を囲みながら、二人は野営をしていた。
 盗賊のアジトとされる山奥へは、歩いて半日以上かかる。なるべくファナンをあけないように―――と考えた結果、昼間、メイメイと名乗る占い師に出会ってすぐに、ファナンを出発した。もうずいぶん山の入口まで来た。今日はここで野営をして、次の日の午前中にはアジトへ着くだろう。戦って、倒して、捕まえて。もちろんここで、負けるかもしれないという懸念は二人には一切ない。自信がある、というよりも、ただ負ける気がしないだけだ。そうして一晩かけて休みながら帰ってこれば、1日しかファナンを空けずに、盗賊団を捕まえ、100万バームを手に入れることができる。
 念のために、宿屋の女将に道場を覗いてもらうように頼んである。もしアメルたちが帰ってきたら、リューグがこの街に来ている旨を伝えて、待ってもらうためだ。

 大規模な集団をたった二人で倒せば、金銭だけでなく、修行としての効果も大きく期待できる。
 それはリューグにも分かっているが、が、「行こう!いますぐ!すぐ行こう!」と強引にリューグをひっぱってきたのがいまいち理解できない。
 リューグにはあの酔っ払いのどこを信用してそうなったかがさっぱりわからないのだ。
 しかしは、もうすっかり100万バームを手にしてあの占い師から"青竜刀"を手に入れる気でいる。

「…おい、」
 小さく爆ぜる薪から顔を上げて、リューグはに目をむけた。
 その視線に含めれる意味にもちろんは気づいていて、「ごめん」と少し苦笑する。
「でもぜったい大丈夫。あの人は、嘘をつかないし信用できるから。」
 知り合いに対するようなせりふだった。
 そういえば、占い師自身も、に「忘れちゃったの?」と知り合いのような台詞を吐いていた。知り合い、なのだろうか。はぐれ召喚獣であるだが、諸国を放浪していたためにリィンバウムに知り合いがいないということはないようだ。現に宿屋の女将だって、の馴染みであるわけだし。
 しかしそれにしては、とあの女占い師は、どこか親しみを感じさせない。
 どこか隔たって、遠く、しかしどこか近い。
 不可思議な距離感。

「何者なんだよ、あの酔っ払い。」
 その言葉に、やはりは苦笑する。

「わかんない。」

 その言葉に、リューグは目を丸くした。思わず怒鳴りそうになったが、抑える。盗賊のアジトに、近づいてきてはいるのだ。
「でも、シルターンの匂いがするし…たぶん、あの人は……。」
 言う気はないようだった。ただなにか物思いに沈むような沈黙が、にあった。
「とにかく信用していい。それだけは言える。あの人があると言えばぜったいに青竜刀はある。それも、間違いなしの一級品が。」

 顔を上げて、がリューグをまっすぐ見上げた。やはり炎を写すと、菫の目玉は金に見える。しばらく二人は闘う前のように目と目を合わせあって、やがてリューグが、はあと溜息を落とした。
、テメエのその勘を信用していいんだな?」
「勘、っていうか、知らないけど、知ってるよ。あの人は信用できる。」

 そのちぐはぐな台詞に、しかしリューグはそれ以上なにも言わなかった。少し、ほんの少し口端で、呆れたように笑っただけだ。

「まあアメルたちを待つのにも退屈してたところだ…ここまでもう来ちまったし、…付き合ってやる。」
「ありがとリューグ!」

 がぱっと笑った。
 炎に照らされてその笑顔は、とても明るく辺りに広がって見えた。