24.たたかい

battle cry



 は強い。
 リューグはやはりそう思わずにいられない。
 が跳ぶ。軽く地面を蹴っただけでその跳躍はなんだろう。まるで重力を感じさせない動作で、が飛ぶ。ひらり、ひらり。袖が舞う。刃が煌めく。吸い込まれるように、その切っ先が敵の体に沈む。水の流れるような動作。静かな動き。
 ―――足りない。
 頭の片隅で誰かが言う。斧を振るい、と戦っている最中ですら、どこかから、その声がする。
 ―――足りない。足りない。こんな強さでは、足りない。見ろ、あの鬼の少女を。なんという強さ、なんという強さだ。きっとあの騎士に勝るとも劣らぬだろう。ではお前は。お前はどうなのだ?お前を見てみろ。
 リューグは己の手を見る。
 斧を握る手。その手が力強く柄を握り腕が斧を振り、足が地面を踏み、盗賊をひとり、ひとりと打ち倒す。振りかぶる腕に勢いを付けて、もっと早く、もっと重く。しかし足りない。
 あの時黒い騎士は、リューグの渾身の一撃を片手で返した。
 リューグの斧が、敵の男の鎧を裂く。
 しかしこんなことでは足りない。あの男はもっと強かったと誰かがわらう。いまのままではかてない。もっと重く、もっと強く。もっと、もっと。
 そんなことは誰よりも、分かっている。


 闘いながら、それでもは、リューグを見ていた。
 いつも見ている。いつも見つめている。
 争いの中、リューグの目は燃えるような気を放っている。その睨みだけで、よわっちょろいはぐれ召喚獣など逃げ出すだろう。
 枝や棒を持った時と、違う。体術を、教える時とも、違う。やはり刃を持つと、リューグの目に暗い暗い炎がともるのだ。
 その炎がなんなのか、はよく知っている。
 ―――闘争。闘争だ。消えることのない憎しみのほのお。かなしみのくさび。それは地を焼き、空を焦がし、海を枯らす。
 よく知っている。

 鮮やかに男の下顎を強か蹴りあげながら、は剣を持った手を横へ薙ぐ。その場で回るような、やはり舞うような動作だ。そのままのスピードで、踊りながら、前へ。
 ヒッと男たちが悲鳴を上げる。
「化け物だア!」
 額の角。が笑う。それはとてもさびしい微笑なのに、男たちにはさぞや恐ろしく写るのだろう。剣の柄を一人目の腹部に打ち込む。二人目、そのまま剣を回転させて―――、

「誰が化け物だ!!!」

 鈍い音とともに二人目の男が地に伏せた。
 目を丸くしたのすぐ横を、紅蓮の風を纏い、少年が吠える。
 そのまま振りかぶられた斧の先は、三人目を捉える。
 のために怒っている。はぼうぜんとして、しかしくるりと踵を返すとまだ残っている敵に向かう。
 やさしいこ、やさしい人の子。
 滅びた村を囲む森が言った。
 やさしいこ、やさしい、やさしい、わたしたちのこ。

 パン!と音をたてて、男の眉間に蹴りを撃ちこむ。倒れた先から跳び上がり、その背後の召喚士へ、剣を放り投げる。杖の飛ぶ音、あっけにとられた男が見たのは、ありえない速さで目の前に降り立った異形の娘だ。その手のひらが近付くのを、彼はスローモーションで見た。弾けるような音がして、男は地に伏せる。
 ―――闘争、闘争の匂い。
 はじっと、男の倒れた地面を見つめてただ立っていた。

「おい!!」
 リューグの声。
「無事か!」
「…無事。」
 くるりと袖を揺らし、振り返って笑ったの、その笑顔にリューグが目を見張っている。次には怪訝そうに首を傾げて、「嘘じゃねえだろうな?」
 どこか怪我でもしたのを隠しているのではないかと、疑っているらしい。
 はなお笑う。苦しそうな笑顔。

「終わり!勝った!つよい!」
「…お前、」
「やっぱり数が多いだけあって、大変だったね。」

 はリューグがなにか言うのを遮って、くるりと回った。藤の袖が揺れる、髪が踊る。やはりその横顔は泣き出しそうに、リューグには見えた。
「…、」
 鬼の少女。
 少年はその手を少女の頭に伸ばす。くしゃ。ぐしゃぐしゃぐしゃ、ぐりぐりぐり。
「…いたたたた!」
 盛大に頭を撫でる…とおりこしてぐしゃぐしゃにした挙句がっしり指でホールドしてきたリューグに、が涙目で抗議の声を上げる。なんなのだ。なんなのだ一体。
「…気にするな。」
「へ?」
 無愛想な目だ。
 リューグの目が、を見下ろす。

「お前はお前だろ。」

 が苦しげなのを、化け物と言われたのを気にしてと思ったのだろうか。
 それだけ言うとリューグはさっさと、盗賊たちを縛りあげにかかった。まったく少年少女二人で、盗賊団を壊滅に追いやったのだから恐れ入る。「ひったててくのがめんどくせエ。」リューグは少し大きな声で、わざとらしくぼやいている。
 …やさしいこ。
 ぼさぼさ通り越してぐしゃぐしゃの頭で、やっと思考の戻ってきたは笑った。

 リューグ。闘争の匂いがする。
 その笑顔はやはり泣きそうだ。
 リューグ、リューグ。君から闘争の匂いが消えない。
 声にならない言葉が、やはり彼女の口から出ることはない。
 ―――わたしがそばにいるのに、においがきえない。
 それが何を意味するのか、今はまだ彼女しかしらない。