25.搦め手

Encirclement



 盗賊のアジトからは、ゼラムのほうが近い。
 二人はゼラムの騎士団に盗賊たちを突き出し、その日はもう夜も遅く、すっかりくたびれていたので、一晩宿をとってから、翌日ファナンへの帰路に就いた。
 予定通りだ。一日しかファナンを空けていない。
 ゼラムに訪れたついでに、ギブソン邸を覗いても見たが、やはり留守らしくしんとして、人の気配はない。アメルたちが訪れたようすもなく、ファナンに急ぐのが懸命だろうと、二人はもくもくと、用心しながら進んできた。
 のだが、

「…。」
「……。」

 二人は今、じっと気配を殺して岩陰に隠れていた。
 ファナンを出るときには存在しなかったものたちが、今、ファナンを取り囲んでいる。
 リューグたちの敵対するその、"黒の旅団"―――それがデグレアという国家規模の集団であるということを、ようやくは実感として感じていた。
 ファナンから少し離れて―――城壁の警備兵たちからぎりぎり発見されない距離だ―――の草はらや岩陰、いたるところに黒鎧の兵士たちが気配を殺して潜んでいる。の鼻が、剣の、血の匂い、彼女いわくの闘争の匂いを感じ取らなければ、気づかずその中へ飛び込んでいたかもしれない。
 ファナンをでるときには確かに彼らはいなかった。
 だのに今、兵士たちはその圧倒的な力―――軍隊としての数を見せつけるように、それこそぐるりと、数人のグループが一定の距離を空けてファナンを包囲しているのである。気づかれぬようにぐるりと彼らよりも外側からしばらく歩いた二人ではあるが、海を覗いて完全にファナンが包囲されているのだという結論に達した。
 数人ずつの集団に分けられて、兵たちはファナンへの出入り口近くに特に、多く潜伏している。
 ごくごく普通の街道を行く旅人たちは、物騒な黒い兵士たちに気づくこともなく、ファナンへと出たり入ったりを繰り返している―――。

 二人が結論を出すのは速かった。
 おそらく彼らは。アメルたちを追い、ここファナンへ来た。そして流石に街中に逃げ込まれては手を出しづらい。そのため彼らが再びファナンから出てくるのを待って街の周囲にぐるりと軍を展開しているのだ。それはアメルたちがファナンに帰ってくるのを待ち伏せているとも取れたが、その視線が内側へ―――ファナンへ向かっていることを考えると、アメルたちがファナンに帰ってきているということを示していた。
 今さらながらに、たった一日、と空けた一日が悔やまれる。
 祭りの日にしっかり帰ってくるとはあいつららしいと、リューグが呆れたような感心したような声を出した。

「強硬突破?」
 いつまでもこうしているわけにもいかない。
 旅団の包囲網はさすがと言うほどよくできていて、突破できそうにない。しかしアメルたちに、このことを知らせねばならないだろうし、突破しないことにはファナンにも入れない。
「…するに決まってんだろ。」
 先ほどから本当は飛び出したくていって戦いたくてたまらないリューグが、低く喉の奥から声を出した。獣の唸り声に似ているな、とはふいに思った。

「この数だし相手はひとりひとり戦いの玄人だ。戦闘は避けたほうがいい。ファナンの街中までは追って来られないはずだし…手が薄くなっているところを突っ切って門に飛び込もう。」

 の発言に、リューグはしかし返事を返さない。
「………、」
「リューグ!」
「…………わかってる。」
 目をぎょろりと見開いたまま、リューグが言う。必死に怒りを抑えているその形相は、恐ろしいほどでもあった。
「リューグ、見てごらんよ。彼らの間隔は均等に開いている。しかしどこかで戦闘がおこれば、その隣のまとまりにはそれがすぐわかる位置だ。それはすぐにファナン一帯を包囲している彼らに電波して、罠にかかった鳥にいっせいに襲いかかってくるよ。たった二人で、まともに考えてみな。戦う時間が増えるほど敵が増えるんだ…リューグ、これは逃げじゃないし、ここで戦うことはただの無謀だ。」
 わかっている、とやはり兵の一人を穴のあくほど見つめながら、リューグが唸る。
 二人は草陰に隠れながら、ファナンの城門に一番近いと思われる位置に移動した。ここにもやはり、多くの兵隊が隠れている―――その隙間を縫って、しかけるしかない。
 しつこいほどに言葉を並べるに、やはりリューグは苛立ちを隠さずにいる。

「…じゃあ行くよ?」
 溜息と共に吐きだされたの言葉に、むっすりとリューグが頷く。
「…ちゃんとしてくれなきゃ、殴って気絶させて担いでファナンに入りますが。」
 ならやりかねない。
「…わかってる。」
 その発言にぎょっとして、少しばかり、やっと怒り以外の表情を浮かべたリューグにが笑う。
 固まった兵と兵の間をとにかく抜ける。倒すために戦うのではなく、道を広げるために剣と斧を振るうこと。立ち止まらないこと。それさえ出来れば抜けられる。
 そうは考えていた。

「行こう!」
 二人の足が、一斉に力強く地面を蹴る。
 明るい日差しの中に、兵士たちの鎧ばかり、取り残された闇夜のように、物騒な気配を振りまいて、沈んでいる。