28.夢

cast away



 まっさおな毬が、ポオンポオンと緑の中、跳ねている。
 真っ白な菊の咲いたお気に入りの振り袖と、真っ青な毬。鞠ついて遊んだ。そうだ、よくそうして遊んだものだ。ポオンポオンと毬ついて、鬼をからかって遊ぶ歌、うたった。
 鬼よ、どこよ。鬼よ。鬼よ、鬼よ…。
 子供の歌う声。緑の中、毬が跳ねる。
 いいや違う。それは毬ではない。
 ポオン。
 それは紫陽花だ、紫陽花だ。幼いの手のひらに抱かれたまあるい毬が、まあるい紫陽花になる。そうだ、毬なんかじゃない。それは紫陽花。真っ青な色をして、六月の露、付けている。清々しい雨の滴の匂いがする。
 小さな花の集合体を手に、菫の目をしたが笑う。
「これがおはなにみえるの?」
 緑の中緑の中、噫ここはなんて閑かだろう。
「これはあじさいなんかじゃないわ、」
 少女がそっと、紫陽花に白い頬を寄せる。伏せられた目蓋が光に透けて、どうしてこんなに儚くて。
 青い毬、紫陽花。
 紫陽花なんかじゃない。
 少女の言う通りだ。
 小さな手のひらに掬われたのは、
 緑。森の中。

「ねえ?――――。」

 そ の 名 を 呼 ば な い で 。
 幼い自らを前にが声にならない悲鳴を上げる。
 緑。一面の、緑。森の中は静か、音など一つもない。毬はとっくにどこかへ転がっていってしまった。紫陽花なら季節も過ぎた。ではその腕に残ったのは?誰よりそれを、知っているくせに。少女が声もなくあざわらう。
 は自らの手のひらを見る。長く伸びた爪を見る。その額に伸びた角を、樹の下の闇のなか、水たまりに見る。
 白い菊の着物きた娘はどこにもいない。残ったのは鬼ばかり。
 そうしてその鬼は確かに、―――の首を抱いていた。