03.闘争 |
warfare |
「闘争の匂いがするよ。」 それはなんとも不穏な言葉で、しかしやはり角の生えた少女の口から、にこやかな響きで発された。リューグは一瞬、そのギャップにその言葉の意味を正しく判じかねた。 「…なんだって?」 眉間にしわを刻み、そう、問い返された言葉に、はにこにこと笑うだけだった。 「だからね、争いの匂いがする。血と火薬、刀の鉄の匂い。それからにくしみと、いかりと、かなしみ。死のにおいだ。」 すうっとその細い指先が、リューグの肩の向こうを指した。なにかいるのかと振り返るが、ただ森が、長閑に広がっているだけだ。深い緑の森の中。鬼の少女が微笑む。 背後の森から少女に視線を移して、リューグはその不思議な色をした目玉を見下ろした。くったくのない微笑み。ますますその意味がわからない。 「だから、私を連れていくといいよ。」 は自らを指してもう一度そう言った。 「…理由になってねえ。」 そう返すと、は不満そうに口を尖らせる。それは幼い少女がするような動作で、見た目自分と同じ年ごろに見えるがするには、子供じみてみえた。 ガサリと茂みの動く音。樹上の鳥が、音もなく空へ羽ばたく。一瞬、森の音すべてが消えた。虫の羽音、木々のざわめき、鳥のさえずり―――聴こえない。 はっとリューグが斧を握り構えるよりも先に、が地面を蹴っていた。 ヒラリ、青い着物の裾が舞う。彼女の髪も、宙に解けて散った。 重力を感じさせぬ、軽やかな動作。 茂みから黒づくめの兵士が現れるのと、その目前にが着地するのと―――ほとんど同時だった。 「掌底、八卦!」 開いたままの手のひらを不思議な構えで彼女が手前に突き出す。その手のひらの付け根が、兵士の顔面に触れる―――刹那、衝撃音と共に兵士がそのまま仰向けに打ち倒された。少女の、優に3倍はある体格の兵士である―――、が、しかし、起きあがる気配はない。 再び森はしんとした。 「…まだいる。」 がかすかに苦笑して振り返る。リューグはなにか言おうとして、しかし言えなかった。 がそのままくるりと、宙に跳ね上がる。 トン、と軽い動作で、そのつま先が着地したのは、遅れて現れた兵士の肩の上。顔全体を覆った甲冑の下で、驚愕しているのがリューグにもわかった。そのままは足先で兵士の頭を挟み、そのまま回転する。嫌な音がした。兵士はくるくると回って、そのままの勢いで地面に倒れこむ。 その肩を蹴って、さらには跳空する。流れるような、かかと落とし。 三人目の兵士が、地に沈んだ。 すべて一瞬の、水の流れるような蝶の飛ぶような軽やかな動作。は息ひとつ乱さない。 「ほら、君、やっぱり追われている。」 そう言ってはリューグに近寄ってきた。 目を丸くするばかりのリューグの手を、が取る。 「ほら!逃げなきゃ!」 「おい!」 少女の細腕とは思えないような力で腕を引かれた。 背後の茂みから、ガサガサと大勢の人数が森を踏み荒らす音がする。―――追っ手。先ほどの三人は斥候だろう。相手はリューグの力量を知っているはずだ。わざわざ斥候を出してきた、ということは―――完全にこの行きずりの少女も、戦力に数えられたということだ。念には念を踏んだのだろう。その結果、敵は少女の力に本気を出してきた。 引きずられるように駈けながら、リューグは頭の中で舌打ちをする。 つまり、完全にこのという少女は、黒の旅団から"敵"認定を受けたのだ。 やはり声をかけるべきではなかった―――、ずいぶん前から見張られ、間近に迫られていたことは間違いない。それに気づかないとは、なんという間抜けだろう。 分かれてきた兄の言葉がふいに蘇る。 『僕たちの実力で、あいつらに敵うはずがないってことくらい、お前だってよくわかるだろう―――!』 ああわかる。 わかるさ。 ギリと唇を噛んだ。 わかるからなんだ、敵わないならなんだ。逃げればいいのか?それは、いつまで?逃げていいのか?憎い仇に背を向けて?俺は耐えられない、我慢ならない、どうして、どうして、すべて殺された、奪われた、殺された、焼かれて切られて苦しみながら何の咎もなく罪もなく。憎い、憎い、にく 「ッ、ウオオオオオオオ!!!」 思考が白く焼き切れた。 「リューグ!?」 驚き見開かれたの目。その手を振り切って、リューグは反対方向へ駈け出していた。自ら迫ってくる敵の、中心へ。 |