30.鬼道の巫女姫 |
she knows an old story |
はじめまして、とおっとり頭を下げられて、もつられてはじめましてと頭を下げる。 布団の上で治療を施されるには懐かしい、赤と白の衣装を纏った娘は、名をカイナと名乗った。 「荷稲?いい名前だね。」 「ありがとうございます。」 ふふふ、とたおやかに微笑む様は花の風情そのもので、も思わず眦を下げた。 ファナンの街外れの道場。リューグとが、さんざん彼らの帰りを待って、通った道場だ。今そこの客間らしい個室に、は寝かされていた。 黒の旅団を撃退したのちに気絶したを、同じくぼろぼろであったリューグが、引きずってなんとか街中へ逃げ込んだのだ。しかしそのうちを抱えたまま、彼自身路地裏で一歩も動けなくなり、そこを探し人たちの知り合いに発見され、ここに運ばれ手当てを受けた。 それが目覚めてからの聞かされた、ことの顛末だった。 幾対もの瞳に見つめられて最初状況を呑みこみきれていなかったがようやく事態を把握し始めると、話題はむしろ自身のことへと移っていた。 大方の話はリューグから聞いているらしいが、それでもやはり、自身の口からも事の成り行きを聞いておきたいようだった。 ただ純粋にのことが気になる、という顔も多くある。 探し人であったアメルなどは、その筆頭のようだ。リューグと一緒に旅ができるなんて、となんだかわけのわからないところで感動された。他にもリューグの兄であるロッカに丁寧な礼を言われたり、ひとりで旅団と立ち回るなんて君は馬鹿かと初対面で呆れられたと思ったら無茶が過ぎると真摯な様子で少し怒られたり、一人で旅団を撃退したと言ってもいいの強さに感嘆されたりと、反応は人の数だけ様々だ。もちろんその額の角を、物珍しそうに眺めるものもある。 額から生じた一対の角。 それは確かに、リューグが知るよりも伸びていた。しかし彼はそれに関しては何も言わず―――むしろ先ほどから、ずっと不機嫌そうに腕を組み、押し黙っている。 一方のは、常と変らぬ間の抜けたような笑顔を浮かべるばかりだ。 リューグとが探していた、アメルたちの一行というのは、聞いていた以上の大所帯で―――重傷人だからというので一部の面々としか顔を合わせていないにも関わらず―――ひとしきり自己紹介を済ませた後も、は名前を覚えるのに一苦労だった。 ここにいるより多くの顔ぶれがいるというのだから、果たして全員覚えられたものだろうか。 その人数もさることながらメンバーの職業も多岐に渡り、召喚士に召喚獣に傭兵に拳士に聖女に村人に―――おまけに巫女までいるとは知らなかったと、最後に自己紹介を終えたカイナを前にしてが少し不思議な感じで微笑する。 「…私はあなたのことを知っているかもしれません。」 彼女の順番が最後だったのには、きっと最初から意図があったのだろう。 そう切れ出され、しかしそれすらもわかっていたと言うように、はただ穏やかにカイナのその言葉に首を傾げた。わけもわからず、リューグの眉間のしわばかりが深くなる。 「本当にへんてこな面子だねぇ。えらく高位の巫女さんがいる。」 感心したように呆れたように、にこにこと笑ったに、カイナがちょっと困ったように眉を下げ、他の者は二人の会話がわからず首を傾げる。 「カイナちゃん、知り合いなの?」 「いいえ、」 よく似た面差しの女性―――姉妹なのだという、ケイナに尋ねられ、カイナが曖昧に微笑む。 「すみませんが、しばらく二人にしていただけませんか?」 おっとりと、しかし明確な意思が感じられる言葉遣いだった。それに不機嫌なままのリューグが口を開く前に、が言葉を発する。 「べつに誰に聞かれても私は構わないよ。」 不思議な感じの微笑だった。 ときおりリューグの感じる、が遠くなる感覚。それが今、この場にもあった。 「わたしになにがききたい。」 疑問形でありながら、どこか高いところから発する響きを帯びて、が話す。慎重に、言葉を選ぶような沈黙の後で―――カイナはひとこと、「あなたはあのさんですか?」とだけ言った。 「あのがどのかは知らないけれど、はわたしだ。」 がそっと笑う。どこか苦い笑み。 目蓋をふせたカイナが少し黙り、それから小さく、どうりでおつよい、とぽつりと言った。 「つまりどういうことだ?」 まったく読めない会話に、ネスティと名乗った召喚士が、神経質そうな顔立ちを若干歪ませて声を挟む。 「…ええ、」 リューグにネスティの鋭い視線、それからきょとんとした他の面々の視線を受けて、カイナが顔をあげる。 「さんはシルターンの中でもとても強い鬼神様なのでお名前は知っていました。まさかこちらに召喚されて、はぐれになっておられるとは思いませんでしたので、驚いてしまって。」 にっこり。にっこりとカイナが両手を胸の前で合わせる。 「やだなあ、照れる!」 頭の裏に手をやって、が笑い、次いで急に腕をあげた痛みにうっと呻いて蹲る。おいおいとてもそうは見えねえぞ、という大柄な剣士―――フォルテの呆れたつっこみに、どっと明るい笑い声が起きた。 まったくと呆れて眼鏡を押し上げるネスティの隣で、リューグは静かに、を見つめている。 遠い、と思っている。 |