32.青き竜の刀

blue dragon's scale



「そうだよ!まったくなんのためにわっざわざ山越えまでして二人で盗賊団壊滅させたやら!いやーすっかり忘れてた!さっさと青竜刀受け取りに行かなきゃ!」
 元気になるなりこれだ。
 はあと深いため息を吐きながら、リューグはの後ろを歩いていた。相変わらず、鬼というやつの回復力は凄まじく、今回も三日で全快宣言したは、カイナとモーリンによる厳重な”注意”と”規制”を受けながらも、リューグが同伴するという条件付きで外出の許可をもぎ取った。
 早く行こうと鼻歌交じりにずんずん歩くの後ろ姿を見ながら、思わずため息がでるのは仕方がない。
 以前より回復するスピードがあがってはいないか。
 そんな風に思い当たって、リューグはかすかにぞっとする。なんだかまるで、どんどんが鬼らしくなっていくように思えたのだ。―――馬鹿だな、最初から鬼だろうに。
 かすかに首を振ると、大股に歩きだす。
「おいこら、」
 襟首をひっつかまれてグエとが声をあげた。
「怪我人らしくもうちょっとゆっくり歩くとかできねえのかよテメエは。」
 それには目をきょとりとさせ、「もう怪我人じゃな、」。最後まで言えなかったのはもちろんリューグがもう一度襟首を引っ張ったからだ。
「怪我人に対する扱いじゃない!抗議する!」
「おーおー、元気な怪我人もいたもんだなあ。」
「ムッキー!」
 地団太を踏むを軽くいなしながら歩くリューグの耳に、ふいに聞き覚えのある笑い声が届いて、彼はヒクリと口端を歪める。全力で嫌そうな顔だ。は声のした方を振り返ってきょとりとした。
「あーアメル!とマグナとトリス!」
 笑い声の主はアメルと双子の召喚士で、トリスはさもおかしそうに、アメルはさも珍しいものを見たとでもいうように、マグナは心持すまなさそうに、それでも三人とも笑っている。
「…テメエらなに笑ってやがる。」
 地を這うような声音に悲鳴を上げながら、それでも笑いは収まらないらしく、ついには目じりを拭い始めた。
「だってリューグが、女の子とそんな風に話してるとこ見たことなくて、」
 お腹を押さえながら笑うアメルに、リューグは露骨に顔をしかめて見せる。
「女の子ォ?」
 次いでを見、
「こいつが。」
 心底嫌そうな、よいうか若干かわいそうなものを見るような顔をした。
「ぜ、全力で抗議するううう!」
「コレのドコが。」
「テッメ、いい度胸だ表出ろおおお!」
 吐き捨てるリューグとつっかかるにますます三人の笑いが助長される。だんだんだんだん見るからに低下していくリューグの機嫌にいい加減まずいと思い始めたのか、まず最初にマグナが笑いを治め、まだその余韻の残る声で 「どこに行くんだ?」 と尋ねた。
「青竜刀を受け取りに!」
 嬉々として答えたに対して、聞き覚えのない言葉だ、やっと笑いをひっこめた女子二人も首を傾げる。
「せーりゅーとう?」
「でっかい刀だよ。刃渡りがこーんくらいあってね、」
 と自身の身長くらいの刀身を示したに、三人は目を丸くする。
「メイメイさん、っていう酔っ払いの占い師さんが売ってくれるって言う約束なんだけど、旅団のせいで受け取りに行けてなくて。100万バーム分のお酒をまずは買いに行かなきゃなんだけど。」
 それにますます三人が目を丸くし、今度はが首を傾げた。
「100万バーム…!」
「メイメイさん…!」

*

 夢の100万バーム分の酒瓶に囲まれ、今まで誰もが聞いたこともないような盛大な歓声をあげた酔いどれ店主に、まずとリューグが思い切り抱きつかれたことも、書いておくべきだろうか。
「にゃは〜、頭の固い青少年にはちと刺激が強すぎたかしら〜?」
 ちょっと怒りのために肩で息をしているリューグを放っておいて、は受け取ったばかりの刀に夢中だ。
「青竜円月刀…お見事。」
 ほれぼれするように、が囁いた。刀身は青白い輝きを帯びて、冷たく光っている。
「にゃははは〜シルターンの巨匠、最後の業物よォ〜!」
 自らの身長と変わらない大きさの剣の柄を握り締め、の顔はきらきらと輝いている。
「振り回したい…!」
 間髪いれずにリューグが唸った。
「だめだ。」
「振り・回したい!」
「だめだ。」
「ケチ!」
「なんとでも言え。」
 ゴゴゴ、と唸るようなオーラを出しながら、リューグが睨みつける。いつの間に威圧を習得したのだろうか。それにがうっとたじろぐその間に、今度はメイメイも加わった四人分の、明るい笑い声が起こった。