34.帰還

the way to truth



 そう日が経ったわけでもあるまいに、訪れたレルムの村はずいぶんと久しぶりな気がした。緑の森に包まれるようにして、変わらずにその廃墟の村はある。焼け焦げた大地の黒い色は心なしか薄れ、ほんのりと緑が見受けられるようになった。
「空気が澄んでいます…。」
 驚いたように、カイナが目を細める。
「話に聞いたような惨劇があった場所だと言うのに…恨みも、嘆きも…ここにはなにもいません。」
「…ジジイが弔ったからな。」
「手厚く供養されたのでしょうね。」
 その言葉にが、リューグも手伝ったもんねえと笑うが、彼はどうやら上の空のようだ。もうここに恨みも嘆きもないことは、そんなにも驚くことだろうか。は何も言わなかった。心なしか緊張して、こわばって見えるアメルの肩を、小さくぽんと叩く。

 やはりたちがアメルたち一行と合流した時には、彼女たちはすでにアメル自身の出自について、調べようと動いた後だった。
『アメルの出自に―――関わる話だ。ひょっとしたらアメル自身、すでに調べようとしておるかもしれん。そうだとすれば、きっと不安になっておるじゃろう。…真実を説明できるのはワシ以外にはおらん。重要な話だ…ともすれば今回の一件に………関係ない、とは言い切れんのだろうな。』
 アグラバインの言った通り、アメルは不安のどん底に陥っていた。
 幼い頃祖父に聞いてた、"事情があって"会ったことのなかった祖母の住む村は存在せず―――その場所に広がっていたのは太古の昔に悪魔を封じた禁忌の森。聖王国の成立より古くからそこにある森の傍に、集落などあるはずもなく、旅人ですら、避けて通るその道。
 それでもと足を踏み入れた森の中には、封じられてなおその中で蔓延る悪魔たちの怨嗟の声が溢れていた。戦い。争い。憎しみ。憎悪。結界。悲しみ。それしかない。
 そこに祖母がいないことなど明白だった。偶然見つけた小屋の中、その森の傍らにひっそりと暮らしていた一族の末裔だというルゥの話から、今も昔も、彼女の一族以外の者が森の付近に暮らしたらしい証言を得ることすらできなかった。
 アグラバインはアメルに嘘をついていた。

 それがわかったところで、どうしようもない。
 アメルたちはそれ以上の情報を得ることもできず、途方に暮れていた。保護を求めてフォルテの伝手を頼りに尋ねたトライドラも、陥落してしまった。万策尽きたかと思われたその時になって、リューグとが、担ぎ込まれてきたのだ。
 アグラバインは生きている―――真実を話すために、村で待っている―――そうその口で告げた。
 その言葉を聞いた時、彼女の胸に溢れたのは決して喜びばかりではなかったろう。実際もういいのだと、知りたくない、もうこれ以上調べたくないと、一度彼女が弱音を吐いたということも、後になってリューグは聞いた。
 信じていた自らの過去が、信じていた唯一の肉親によって裏切られるのは、どんな気持ちだろうか。まして禁忌の森だなどという、恐ろしくも忌まわしい、悪魔の森に行き当たったならなおさらのことだ。
 それでもアメルは、こうしてここに、帰ってきた。
 今は滅んだふるさと―――それでもただいまと言う、相手のいるところ。

「本当にリューグたちはおじいさんからなにも聞いてないのか?」
「アメルの出自に関することだから、アメルのいないところでは誰にも話さない、って。」
「あのじいさんらしいなあ。」
 困ったように眉を下げて、フォルテがわらう。それはもちろん親しみのこもった笑い方で、ちっとも本当に困ってるようには見えやしなかったから、それにつられて幾人かも顔の筋肉を弛める。
「あの黒騎士を食い止めるような方です…こう言っては不謹慎かもしれませんが、お会いするのが楽しみですね。アメルさんたちの御家族でもあるわけですし。」
「どのような御仁でござろうか!」
 真っ白な甲冑に身を固めたシャムロックの言葉に、カザミネが大きく頷く。
「ええとね、熊みたい!おっきくてーつよくってーやさしくってー、」
「熊でござるか!」
 指を折りながら説明し始めたの言葉にカザミネがしきりに感心して頷くが、いかんせん他の面々に伝わらない。
「ねえ、カザミネ、クマってなに?」
「ん?なんだァ?ここにゃあ熊はいねえのかい。」
「レナードさんの世界にはいたの?」
「俺の知ってるのが嬢ちゃんたちシルターンにいる熊とおんなじならな。いたぜ?黒かったり茶色かったりする毛むくじゃらででかい獣だ。」
「それそれー!鼻がこうで、爪と牙がこうぐわっと!」
「ぜんっぜんわかんないんだけど…!」
「え、おじいさん…えっ…!?」

 なにせ10人を優に超す大所帯、話題につられて一気に緊張していた空気が解けて騒がしくなる。
 それに村生まれの双子と聖女さまは目を見合わせて、ひとりは呆れたように肩を竦め、後の二人はくすりと笑いだした。まったく緊張感のねえやつ、と最初のひとりの小さなひとりごと。
「…あ、」
 森の小道が、つられて少し、わらったようだ。
「ようこそ、みなさん。レルムの村へ!」
 言うのが遅くなりました、と笑いながらそう言ったアメルの顔は、先ほどよりずっと健やかな色をしていた。くたびれて、不安を隠しきれない微笑だったけれど、それでも確かにわらっている。
 どんな時でも、微笑むことができる人間は強い。それを眺めて、がわらった。少し寂しい笑い方だったけれど、誰もその理由を知らない。