05.血 |
blood lost |
どうしてこんなことになったのだろう。 わからないながらもリューグは駈けていた。もう森は暗く、視界も悪い。足元がおぼつかない。それでもリューグは走った。それ以外になにも思いつかなかったのだ。 背中が熱い。火のようだと思った。 「っチ…!」 舌打ちをする。がぐったりと、その背に負ぶわれていた。 結果的にリューグは助かった。も助かった―――今のところは。 初めてが戦った時も、リューグは彼女を強いと思い、速いと思った。しかし絶体絶命の危機の中、突破口を開いたは、強い、速い、どころの話ではなかった。 動きが目で追えなかった、とリューグは思う。 何が起こったか、見えなかった。黒騎士に斧を弾き返された時と同じだ―――無意識に唇を噛む。の拳は次々と敵を倒した。最初見たときのように手のひらで突き、指で突き、拳で叩いた。手刀が迷うことなく急所を撃ち、足で蹴った。すべての動きが、先ほど見た静的な水の動きとは違った―――炎のように苛烈な、動的な動きをしていた。叩きのめす雷のちからだった。台風が目の前にあるようだった。 そもそも移動する速度が異様だ。 どうしたって四方八方を囲まれて、無事に済むはずがない。しかしリューグは自ら斧を振るうことは一度もなく、あっけにとられているうちに勝敗はついた。 か細い少女ひとりがやったとは思えないような、現実だった。 死んでいるのか気絶しているだけなのか―――。武器を使わない打撃によるダメージは表面からではわからなかった。ただ兵士らが全員倒れ伏したその一拍後に、もふらりと倒れた。肩からの血は、やはり止まらず流れ続けていた。 真昼に悪夢でもみたような気分で―――しばらくリューグはぼんやりとしていたが、すぐさまそのの肩から流れる真紅が、再び彼を正気づかせた。 血だ。 赤い、赤い血。 『おに、わたしはおにだよ。』 鬼だかなんだか知らないが、血が出ていた。角がある以外はほとんど人間と変わらない。いいや違う。赤い血だ。同じだ。人間だ。生きていて、そして、死にかけている。 誰のせいで? 頭の片隅で、青い髪をした片割れが囁いた。 憎しみになにも見えずがむしゃらに勝てるはずもない人数の敵に突っ込んでお前は結局何がしたかったんだ? 「おれの、」 を背に負うと、リューグは走りだした。 幸い追っ手は、すべてが倒した。リューグは走った。次第に朝なのか昼なのか夜なのかもわからなくなるような気がし、森がぐるぐると回るように見えた。心臓が破裂しそうだ。喉の奥がひきつる。 それでも走らなくてはならなかった。 の肩を縛った彼女自身の着物の裾は、とっくに赤く染まりきっている。 背中のこの尋常ではない熱―――しかしこれが消えれば、その命もまたついえるのだと恐ろしいほどわかっていた。 回復できるようなアイテムも、ましてや召喚術も、彼には使えない。 彼はひとりなのだ。仲間の、兄弟の、守るべき妹の手を振り払って、意地を張ってたったひとりでここへきた。どうしてあの手を振り払ったろう。守りたかっただけだのに。いいや違う。それ以上に憎かった、憎い。復讐のために、その手を払ったのだ。 ふいに地面がなくなった。 「な…!!」 がけだ。 勢いよく転がり落ちる。地面につく瞬間、なんとか身体を回転させてを抱きこんだ。背中が痛い。 鬼だかなんだか知らないし、なんて変な名前だ、ぜったいはぐれだ、つれてけだのなんだの、あやしい、わけのわからないやつだ。 しかし確実にが、死にかけているのは自分のせいなのだ―――。 「クソッ…、」 呟いてのろのろと起きあがる。 そうして今度こそ、彼はほんの、ほんのちょっぴり、なくかもしれないと思った。 を背に負った時、彼にはふたつの選択肢があった。ゼラムへ戻るか、このまま目的地を目指すか―――。彼は後者を選んだ。なによりゼラムからはもう離れ過ぎていたし、しかし後者は賭けでしかなかった。そこに彼の期待する人物が生き延びていなければ。 は死ぬしかない。 彼が転がり落ちた崖の下は、彼の目指していた今は滅んだ故郷。そして確かに、小さく灯るあかりが見えた。 |